2010年4月15日木曜日

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中東の天地も複雑怪奇

 


あーでもない、こーでもないと……

いやー、スランプってこういう状態を指すのか……と今更ながらに気づかされる昨今です。筆が進まない……そうですね、正確には「指が進まない」といった感じでしょうか。「だったら書くのやめとけば?」というのもごもっともなご指摘なんですが、それもそういう訳にはいかないもので……(なんでだ)。

いや、ここ二年ほど皆勤賞を続けているもので。金本に代走を送れない監督のような心境です(どんなだ)。

まぁ、例によって例のごとく、ネタが無いわけじゃあ無いんですが、二番煎じだったり独自性が無かったり、あるいは内容が希薄だったりと、なかなか苦しい選択を迫られる状態でして……。昨日の記事への回答を書くのも、まだちょと早いかな、なんて思っていたりして。

今更ながら、オシラク原子炉爆撃の件

困った時はテレビから、というのがもっとも手っ取り早いのですが、最近見たものはと言えば……。イラクやイラン関係のドキュメンタリーばかり、延べ 20 本近く見たような気がします。アメリカによるイラク侵攻の結果は、皆さんも良くご存じの通り甚だ悲惨なものですが、それを素直に気の毒に思うだけで、新たな知見はそんなに出てこないもので……。

そうですね、手元のメモに控えたくらいに興味深かったのは、かの「オシラク原子炉爆撃」に、フランス側の手引きがあったんじゃ? という話くらいでしょうか。イスラエル空軍が、当時は交戦状態ではなかった国(イラク)の施設(原発)をいきなり爆撃したという、まさに乱暴きわまりない事件のことです。

イラク原子炉爆撃事件(イラクげんしろばくげきじけん)は、イスラエル空軍機がイラクのタムーズにあった原子力施設を「バビロン作戦」(別名オペラ作戦、オフラ作戦)の作戦名で1981年6月7日に攻撃した武力行使事件である。
(Wikipedia 日本語版「イラク原子炉爆撃事件」より引用)

という話なのですが、さすがに

これはイラクが核兵器を持つ危険性があるとして、イスラエルが「自衛」目的を理由にイラクに先制攻撃を行ったものである。この攻撃に対して国連安全保障理事会決議487がなされ、イスラエルは非難された。
(Wikipedia 日本語版「イラク原子炉爆撃事件」より引用)

イスラエルは国連安保理に叩かれます。もっとも、国連安保理にできることが「非難」だけ、というところに国連の枠組みの虚しさを感じるわけですが。

イスラエル(with アメリカ)対イラク(avec フランス)

……えー、ようやく少しずつ筆が走ってきました(笑)。えーと、この原子炉は

イラクは1970年代から核技術の研究を独自に行なっていたが、原子炉を建設するほどの工業力がなかったため、フランスから核燃料と技術者の提供を受け7万キロワットの原子力発電所を建設していた。
(Wikipedia 日本語版「イラク原子炉爆撃事件」より引用)

ということで、古くから中東の利権をイギリスと二分してきたフランスの肝いりで建設が進められていたものでした。これは一見、イスラエルに肩入れせざるを得ないアメリカの意向に反するもののように見えます。また、フランスはアメリカ+イギリスとは一線を画した外交姿勢を軸としていたこともあるため、当時のフランスがイラクやイラン(パーレビ王朝)に肩入れするという図式も、決して理解に苦しむものではなかったようです。

ただ、フランスは、イスラエルによるオシラク原子炉への奇襲攻撃を事前に察知していた、という説があるそうです。それどころか、イスラエル軍を手引きしていたのではないか、という話です。曰く、「原子炉攻撃の前日に、見慣れないフランス車が原子炉に横付けされる形で止まっていた」といった話らしく、「車内には誘導電波を発する装置があったのではないか?」という憶測のようです。

中東の天地も複雑怪奇

……平沼騏一郎ではありませんが、中東の天地も複雑怪奇です。

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