2010年4月16日金曜日

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「カラマーゾフ」に見る Blog ネタの連続性(←

 


三兄弟と言えば

「亀山郁夫版・カラマーゾフの兄弟」の第 3 巻をようやく読み終えました。もはやどんな話だったか、かなり忘れてしまっていますが(←)、巻末の「読書ガイド」に、ちょっと面白い「深読み」が書いてありました。

曰く、ドストエフスキーは、「カラマーゾフの兄弟」を世に出す上で、かなり綿密なプロットを練った上で執筆していたと思われること、また、「カラマーゾフ」という姓についても「考え抜いたもの」だったのではないか、との考察です。

「カラなんとか」に見るユーラシア大陸文化の連続性

実は、かくいう私、2008/3/25 に「『カラなんとか』に見るユーラシア大陸文化の連続性」という記事なんぞを書いておりました。もともとはヘルベルト・フォン・カラヤンの記事に気になる記述を見つけたのがきっかけだったのですが……。

……あれ? 見つかりませんね。削除されちゃってます?

削除されてました

うむむ、http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%A4%E3%83%B3&diff=next&oldid=26820773 を見ると、2009/7/9 に当該部分がサクっと削除されてしまったようです(特に理由は記されていないようです)。

彼の先祖はビザンティン帝国(東ローマ帝国)に仕えたギリシャ人のカラヤニス家(Karaiannis, Caragianni)の出身であるといわれているが、ギリシャ化したアルメニア人(スラブ系マケドニア人の説もあり)だという説もある。カラヤンのカラはテュルク語で「黒」を意味するが、バルカン言語地域ではその語は存在しない。
(Wikipedia 日本語版「ヘルベルト・フォン・カラヤン」2009年7月9日 (木) 10:47時点における版 より引用)

というわけで、カラヤンの「カラ」は、テュルク語における「黒」という意味ではないかと言われているようです。

ヨーロッパとアジアが渾然一体に

この「黒」=「カラ」というテュルク語風解釈は、「カラヤン」に見られるように、ハンガリーあたりでも見られたものですが、ハンガリーと言えばかつてはフン族が闊歩した場所であり、モンゴル系騎馬民族の遺伝子が残されているとも言われます[要出典]。えーと、長い歴史で見てみれば、中央アジアとの交流が少なからずあった、ということですね。

その裏付けとして、例えば「カラコルム山脈」であったり、あるいは現在の中国西北部に存在した「西夏王朝」の城砦「黒水城」(カラホト)の存在が挙げられます。なかでも「黒水城」は「カラホト」という音とともに伝わっており、「カラ」=「黒」であることは明白です。

「西夏王朝」について、参考までに、広辞苑さんの解説をどうぞ。



そして、「カラマーゾフ」の「カラ」も、テュルク語における「黒」ではないか、というのが訳者・亀山郁夫先生の「深読み」です。「カラ」=「黒」となることで、「カラマーゾフ」というスペルからは「黒ペンキ」といったような語感が生まれるのだとか。つまりは "Paint It Black" ということになります。なるほど、ドストエフスキーはローリング・ストーンズを意識していたということになりますね(←

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