2010年5月12日水曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

第5回「ここまで来るのに 10 万円、入館料は 400 円(笑)」

 


二風谷にやってきました

沙流郡は平取町二風谷にやってきました。ルビを振らないと不親切だという話ですが、「さるぐん・びらとりちょう・にぶたに」と読みます。「ひらとり」ではなくて「*び* らとり」、そして「に *ぶ* たに」と読みます。なかなか初見で読める人は少ないのではないでしょうか。


さて、「萱野茂二風谷アイヌ資料館」に向かいます(「二風谷アイヌ文化資料館」は旧称です)。


敷地に入って、最初に目につくのがこれでしょうか。はい、ご存じ「新明解さん」の生みの親と言えなくもない(ちと弱気)金田一京助先生の歌碑、です。一瞬、これ自体が歌碑なのかと焦ったのですが、


きちんと、本物の歌碑がありました。マトモに字が読めないのは光線の都合です。どうかご容赦を。

ここまで来るのに……

というわけで、駐車場に車を止めます。


萱野茂さんは、この業界(どんな?)ではちょいと名の知れた人ですから、大勢の観光客が集まっているか、あるいは自分一人かどちらかだろう……と思ったのですが、どうやら後者が正解でしょうか。


まず目につくのがこのユーモラスな看板です。「あなたの家から ここまで来るのに 10 万円 入館料は四百円」と来ました。なかなかキャッチー(死語)な看板です。

ただ、横に「時間がありましたらどうぞ!! ご入館ください」と書いてあるのが好感度高いです。北海道でも観光地になると、駐車場に車を乗り入れるだけで金を取るようなところもあって、個人的にはどうにも好きになれない(大抵はその場から逃げるように立ち去ります)のですが、こういったユーモアや低姿勢ぶりを見せられると、四百円なんてまるでコーラ 4 本分にしか思えなくなるのが不思議です(←

「本館の生い立ち」

「本館の生い立ち」が掲示されています。横の「ここまで来るのに 10 万円」が光ります(笑)。


「本館の生い立ち」の文章をトリミングしようかと思ったのですが、なかなかの名文(好文章)なので全文引用しておきましょう。少なくとも、権利関係で損害を与えることは無いと思いますので……。

 本館の生い立ち
 この建物は一九七二年(昭和四七年)、二風谷アイヌ文化資料館として開館、アイヌ民族民具を展示、手狭になったのを契機に展示品の大部分を平取町へ寄贈しました。
 現在本館は萱野茂個人所有資料アイヌ民族民具と世界先住民族民具三〇〇〇点を展示してあります。
 何はともあれ、萱野茂という一人のアイヌが蒐集制作した物のみで、小さな村に博物館が二館、アイヌ民具と共に歩んだ一人の男の汗の結晶の跡を辿る、この事は生きた教材に値するでありましょう。
 本館内での写真撮影自由、アイヌ民具のこと、アイヌ語のこと、アイヌ音声資料のこと、何なりとお問い合わせ下さい。館長在宅の場合は早速お役に立つようにします。
 本館の分館的な、平取町立二風谷アイヌ文化博物館も姉妹館として好評を博しつつあり国道の西側の館へ是非お立ち寄り下されますようご案内申し上げます。
 本日のご来館、誠にありがとうございました。

萱野茂二風谷アイヌ資料館
    館 長  萱 野 茂

残念ながら、萱野茂さんは 2006 年に亡くなっているので、もはやお会いすることは叶わないわけですが……。

入館料は 400 円


というわけで、どこで 400 円を支払えばいいのか良く分かりませんが、資料館に入ってみましょう。


入り口にもなにやら「10 万円」と「400 円」の文字が並んでいます(笑)。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク