2010年6月18日金曜日

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第32回「中川一郎も中川昭一も広尾生まれだった」

 


「鳧舞」は「けりまい」と読みます

昨日の記事で、「さて、これで何と読むのでしょうか?」と質問を投げかけた「鳧舞」ですが、まさかの一発正解ということで……。そう、「鳧舞」は「けりまい」と読みます。名古屋の人だと「けりみゃー」と読む……かどうかは定かではありませんが(←

浦河は思ったよりもひっそりしていた

さて、三石 → 鳧舞 → 荻伏と通り過ぎ、かつての「日高支庁」の所在地、浦河にやってきました。今は「日高振興局」が置かれています。


意外や意外、静内と比べると随分と静かです。それもそのはず、静内町は合併前でも人口 2 万人を超えていたのに比べ、浦河は 1 万 4 千人。地勢でも静内は日高地方の真ん中に位置するのに比べ、浦河は随分と襟裳岬寄りの、重心からは外れたところにあります。

どう考えても静内のほうが日高地方の中心地たる要件を備えているのですが、浦河に支庁が置かれたのは、何らかの歴史的経緯があった……ということなのでしょうね。詳しくは良くわかりませんが……。ちなみに、国道 235 号線はここが終点、浦河からは国道 236 号線となります。

「野塚トンネル」の存在意義

浦河町の中心地からちょいと東に行った「幌別」で、国道 236 号線は北に向けて左折します。


国道 236 号線は、この先、日高山脈の野塚岳の近くをトンネルで超える「野塚峠」を経由して、帯広に向かいます。

野塚トンネル
野塚トンネルは北海道広尾町と北海道浦河町を結ぶ国道236号上のトンネル。全長4,232mと2009年9月現在開通している北海道の国道トンネルの中では最も長い。
(Wikipedia 日本語版「野塚トンネル」より引用)

ということで、北海道の南端に近いこのあたりに、意外なことに北海道の国道の中では一番長いトンネルがあったりします。

開通まで
かつて、十勝から日高まで行くためには国道336号を通る必要があった。しかし、えりも経由のコースは大きく迂回するルートになる上、黄金道路と呼ばれるルートは土砂崩れなどにより通行止めになることが多く、新たなコースを作ることが求められていた。
(Wikipedia 日本語版「野塚トンネル」より引用)

ということらしく、広尾と浦河をショートカットする「野塚トンネル」ルートは地元では強く求められていた……ように見受けられます。

戦前にも迂回ルートを作ることが検討されていたが、戦争が激しくなったこともあり中止している。その後、広尾と浦河を結ぶトンネルを作ることになり、1970年頃工事を開始した。日高山脈を横断する形で作られたため工事は困難を極めたが、1997年に貫通した。
(Wikipedia 日本語版「野塚トンネル」より引用)

貫通までに 27 年というのは、随分と時間がかかりすぎのようにも思えますが、逆に言えば開通してからまだ 13 年しか経っていない、ということになりますね。

同年9月23日、騎馬隊による渡り初めが行われ(後述)、2日後の9月25日に開通した。この開通式には鈴木宗男も参加している。
(Wikipedia 日本語版「野塚トンネル」より引用)

ちなみに、広尾町は中川一郎の出身地です。息子の中川昭一のことはまだご記憶の方も多いと思いますが、彼も広尾出身です。ただし、渋谷区広尾ですが。:-)

といった予備知識を持って浦河に向かったものですから、どれだけ交通量が多いのかと密かに期待していたのですが、ほとんど車の姿を見かけませんでした。まぁ、ゴールデンウィークの日曜日ですから、普段と車の流れは違うのでしょうけど、ちょっと当てが外れた気分ではありました。

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