2010年6月26日土曜日

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春の道央・道北の旅 2010 (37) 「襟裳岬に地上の星を見た(←」

 


風が強くて木が生えてない

襟裳岬に行ってみて驚いたことがいくつかあるのですが、「木が無い!」というのもその一つでした。てっきり風が強すぎるからだと思っていたのですが……。

沖合で暖流の黒潮(日本海流)と寒流である親潮(千島海流)とがぶつかり、濃霧が発生しやすいためである。また強風が吹きやすいことでも知られる。
(Wikipedia 日本語版「襟裳岬」より引用)

あ、なるほど! そういえば単なる偏西風とか山風と考えるのは無理があるよなぁ、と思ったわけですが、これなら納得です。この自然のエネルギーを有効活用しない手は無いと思うのですが、見たところ風車などは存在しないようでした。景観を損ねる、ということなのでしょうか。

襟裳岬に地上の星を見た(←

木が生えていない理由についても、次のような記載がありました。

緑化事業
襟裳岬は江戸時代後半から海の岩礁に生えるコンブを求めて、人々の移住が始まった。明治になると開拓農民も加わり、人々は強風と寒さに耐えながら、暖をとるなど生きるために森の木を切り続けた。明治中期には紙の材料として広葉樹がつぎつぎに切り倒され、ついに砂漠となった。
(Wikipedia 日本語版「襟裳岬」より引用)

「人々は強風と寒さに耐えながら、暖をとるなど生きるために森の木を切り続けた」というあたり、結構な名文に思えます(もちろん嫌味ではないです)。結果はさておき、先人の労苦が偲ばれます。

そのため林野庁は1953年以降治山事業を開始。まず、草本の種子を蒔き、風を防ぐため海藻で覆うことにより最終的に草本緑化を完了。その後、防風垣で覆った上でクロマツを中心とした植林が行われ、1999年度末で、荒廃地面積のほぼ89%にあたる170ヘクタールの木本緑化を終了した。
(Wikipedia 日本語版「襟裳岬」より引用)

1953 年の時点で、このような「自然再生」の試みが行われていたことに驚いてしまいますね。なかなか壮大なプロジェクトだったように思えるわけですが、

緑化の経緯は、NHKの番組プロジェクトXで取り上げられている
(Wikipedia 日本語版「襟裳岬」より引用)

あははは(笑)。ちなみに 2001/3/6 に放送された「えりも岬に春を呼べ」の回のようです。

えりも岬国有林緑化事業

襟裳岬の駐車場にも、この緑化事業を紹介した看板が設置されていました。



そんなわけで

さて、そんな襟裳岬を後にして、この日の宿泊地・帯広に向かいます。旅は~まだ~終わら~ない~♪(←


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