2010年7月22日木曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (5) 「目黒・音調津・広尾」

 


珍しく?「アイヌ語地名の傾向と対策」を続けます。「そんなの興味ないよ」という方も多い……というか、大半の方が「もういいよ」と思ってらっしゃるかも知れませんが、まぁ、いいじゃないですか?(ぇ



目黒(めぐろ)

「目黒」は「えりも町」の東北部にある集落で、「目黒漁港」があるところです。このあたりは北海道の中でもサンマの好漁地で……なんて話があれば面白かったのですが(← リアル「目黒のサンマ」)、実際に目黒にサンマが水揚げされているかどうかは……良く分かりません。

ただ、サンマは根室や釧路、厚岸などの「北海道南東部の港」で多く水揚げされているのも確かなので、そう考えると目黒漁港でもサンマが水揚げされていても不思議ではありません。いえ、だからどーだ、というわけでは無いのですが(←

ちなみに、この「目黒」は、もともとは「猿留」(さるる)という地名だったそうです。山田秀三さんも sar-or で「葭原・の処」という意味か、と記しています(もともとは上原熊次郎説に準拠)。

で、肝心の「目黒」の由来ですが……すいません、良くわかりませんでした。Wikipedia によると 1942 年に「猿留」から「目黒」に改称されたとあるのですが、理由や由来は記されていません。困りましたね……役場の人にでも聞いてみましょうか?(←

音調津(おしらべつ)

「音調津」は広尾町の南の方にある漁村です。このあたりは日本有数の音叉の産地としても知られる……わけはないですね。ごめんなさい。

山田秀三さんの解によると、o-shirar-un-pet で「川尻に・岩・がある・川」ではないか、とのことです。unus は、例えば us-i(──ウシ)という形では今も残っている場合が多いようですが、un-petun-nai といった場合は un がいつしか消えてしまうケースが多いようです。「音調津」もこの流れで「オシラルンペッ」が「オシラㇽペッ」になったのではないか、と。

「音叉」とか言っていた割には、後半は割とマトモなことを書いてますね(←

広尾(ひろお)

中川昭一が生まれた広尾ではなく、父親の中川一郎が生まれたほうの広尾です(ややこしい)。

広尾は、十勝南部ではそこそこメジャーな地名……だと思うのですが、そういった地名に限って、その意味が判然としないのが厄介なところです。

上原熊次郎は pir-or(ピロㇿ)で「蔭・の処」とし、松浦武四郎は pi-or(ピオㇿ)で「石・の処」としているそうです。永田方正は「『ピロヲ』は誤りで、pirui-pet(ピルイペッ)で『砥石・の川』だ」とする説を紹介しているほか、pira-or(ピラオㇽ)で「崖・の処」という説も別解として紹介しているとのこと。

山田秀三さんは、「蔭の処」説は捨てがたい、と考えていたようです。

昨日の記事と本日の記事も、山田秀三さんの「北海道の地名」草風館 を参考にさせていただきました(謝)。

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