2010年8月17日火曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

帯広の街に風林火山の文字が舞う

 


「水光園通」とか「ふたば通」とか

帯広も、札幌や旭川などと同じく、明治期に開拓された都市です。そのため、都市の区画は格子状に張り巡らされた道路によって、方形に区画されています。

しかし、地図をよーく見てみると、東西、または南北に延びる計画された道路のほかにも、まるで対角線のような道路があることがわかります。例えば、こちらの「水光園通」とか、


その南西に位置する「ふたば通」とか、


なんだか変な感じです。

なんだか変な土地区画の例

もっとも、こういった例は帯広に限った話では無く、例えば名古屋市内にもこんなところがあります。


少し色を変えてみたので、わかりやすいかと思います。既存の街路を横切る形でマンションが建っていますが、これは、どうやら鉄道(貨物線)の跡のようです。似たようなケースで「川の跡」というのもありますね。

では、帯広の「水光園通」や「ふたば通」もそれらに類するものなのか……という話ですが、少し調べてみた限りでは、鉄道の跡でも川の跡でも無さそうです。

巨大な「×」印

さらに地図を眺めて見ると、こんなところまで見つかりました。


巨大な「×」印、とでも言えそうです。しかも交点となる部分は公園になっています。この道路は意図的に作られたと考えるべきでしょう。

なお、地図上だと東西南北ともに歪みが見られますが、この歪みは地球が丸いことによるものです。実際には真北(あるいは磁北)を指している……と思われます。

「斜めの道路」の正体

さて、この「斜めの道路」が何なのか、という話ですが……

東北海道西端の十勝平野のほぼ中央に位置する。市街は計画的に整備されており、帯広駅を中心に碁盤目状の区画が四方に広がるが、大通公園から北東、北西、南東、南西に対角線方向の道路(火防線)が設けられている。
(Wikipedia 日本語版「帯広市」より引用)

どうやら「火防線」なのだそうです。「防火帯」のようなものか……と思ったのですが、果たして実際はどうなのでしょうか。

「防火帯」とは

今更ですが、「防火帯」の定義も。

防火帯(ぼうかたい)とは、防災上設けられる、可燃物が無い、延焼被害を食い止めるための帯状の地域である。
この場合の可燃物とは、森林なら樹木、住宅市街地なら家屋等の建造物であり、化学プラントにおいてはパイプラインや原料タンク等である。
(Wikipedia 日本語版「防火帯」より引用)

つまり、隣に燃えるものがあるから炎が広がるわけであって、最初から燃えるようなものが存在しなければ、延焼も止まる、という考え方ですね。元・京都市民の私の場合は、「防火帯」=「御池通」「堀川通」「五条通」という発想が頭に浮かびます。


堀川通(南北の通り)と五条通(東西の通り)が、ひときわ広くなっているのがお判りいただけるでしょうか。これは太平洋戦争末期に、空襲による延焼をおそれた軍部の意向により設けられたものです。

このように、単なる「防火帯」であれば、何も北東から南西に、あるいは北西から南東に設ける必要性が無い、とも言えます。何故にこのような「斜めの道路」を設ける必要があったのでしょうか。

実は、帯広市のマスタープランはワシントン DC をモデルにした、という説があるそうです。「勝毎」こと「十勝毎日新聞」の Web サイトに、「モデルはワシントンDC、パリ? 『格子+放射』型の街・帯広」という記事が掲載されているのですが、これを見ると、Sim City もびっくりのマスタープランが存在したことが読み取れます。

依田勉三の野望

そして、さらに面白い想像も成り立ちます。

帯広の街は、官主導の屯田兵や旧幕府家臣による開拓ではなく、静岡県出身の依田勉三率いる晩成社一行が1883年(明治16年)5月に入植したのが開拓の始まりである。
(Wikipedia 日本語版「帯広市」より引用)

この、「晩成社」を率いた依田勉三という人物なのですが、実は……

生立ち
依田家は甲州武田氏の流れを汲む伊豆国那賀郡大沢村(現:賀茂郡松崎町)の豪農で、
(Wikipedia 日本語版「依田勉三」より引用)

武田信玄で有名な「武田氏」の流れを汲むそうです。皆さん、武田氏の家紋はご存知でしょうか……?


そう、「武田菱」とも呼ばれる「四つ割菱」です。せっかくなので、「勝毎」の記事も見てください。そう、火防線は帯広の市街地の上に「四つ割菱」を形作っているのですね!

帯広の街に風林火山の文字が舞う

武田信玄の旗指物には「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」と書かれていました。いわゆる「風林火山」ですが、帯広の地図上に武田家の家紋が火防線で形作られるというのも、すごくスケールの大きなシャレに思えます(依田勉三がそこまで考えていたわけではなく、単なる偶然だと思いますが)。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク