2010年11月4日木曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (21) 「築別・曙・三毛別」

 


気がつけば「その21」ですからねぇ……。我ながら物好きなものだと思います。ま、それはさておき(さておいたぞ)。


築別(ちくべつ)

その名の通り、築別川が流れているところです。下流域が「築別」の集落で、上流域には「築別炭鉱」がありました。さて、その意味なのですが、意外と釈然としません。

永田方正翁は「Chuk pet チュㇰ ペッ 秋川」としました。知里真志保は、「チュク」は「秋に遡上するサケ」の chuk-ipe が下略されたと考えられる、としました。即ち「秋の鮭・川」といった意味になろうかと思います。山田秀三さんは永田・知里両名の説を追認していたようです。

一方、真っ向から違う説を唱えていたのが更科源蔵で、chikep-pet(チケㇷ゚・ペッ)で「切り立った崖・川」ではないか、とします。「切り立ったがけの下を流れる川」だと言うのですが、果たしてどうでしょうか。

曙(あけぼの)

築別から少し山間部のほうに進んだところにある集落ですが、これはまさかの非アイヌ語地名である可能性が高そうです。かつて羽幌炭礦鉄道の駅があったとは言え、どマイナーな地名であるため、山田秀三さんの「北海道の地名」にも記載が無いのも仕方が無いと言えそうです。

こうなった時の最後の砦、「角川日本地名大辞典」をチェックしてみたのですが……。「地名は曙小学校にちなむ」という、これまたまさかの瞬殺でした。羽幌町立曙小学校は、やはりと言うべきか、既に廃坑……じゃなくて廃校になっているので、ネットでこれ以上調査するのは容易ではなさそうです。「曙」は、羽幌の中心部から見てちょうど東側にあたるので、「曙光の出ずる処」といった意味だったのかも知れませんが……。

ちなみに、曙から三毛別に向かう際に築別川を渡るのですが、その橋の名前は「曙橋」です。

三毛別(さんけべつ)

「三毛別」を一発で「さんけべつ」と読めるかどうかで、どの程度「アイヌ語地名慣れ」しているかが判る……ような気もしたりするのですが、どうでしょうか。

さて、この「三毛別」ですが、山田秀三さんは「北海道の地名」にて、次のように記しています。

サンケ・ペッ(浜の方に出す・川)の意。同名諸地に多い。南の古丹別川筋に,漢字まで同じの川がある。何を下に出したのかは分からなくなっている
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.134 より引用)ISBN4-88323-114-3 ※ 強調は引用者による

Air Reading

実は、比較的意味が明瞭であるように思えるアイヌ語でも、空気を読まないといけないケースがあります。たとえば i(イ)という言葉を含む地名があるのですが、i 自体には「アレ」という意味しかありません。ただ、「口に出すのも憚られる」という考え方はアイヌの世界にもあったようで、いや、もしかしたら和人以上に「言挙げ」の危険性を熟知していたのか、「ヒグマ」や「蛇」などを i (アレ)と呼んでいたようです。

つまり、「アレ」は、そのままでは単なる指示代名詞ですが、場所によっては「暗黙の了解」で「ヒグマ」の意味であったり、あるいは「」の意味であったりしたようです。なので、地元民であれば「言わずもがな」であっても、余所者には空気を読むことが求められる、ということになってしまいます。

「三毛別」も、似たようなケースである可能性があります。意味は確かに「浜の方に出す・川」なのでしょうが、果たして何を出したのかを識るには「空気」を読まないといけません。

Stomach Plan

山田秀三さんは、「北海道の地名」にて「何を下に出したのかは分からなくなっている」と謙虚に記していますが、実は腹案はあったようで、「初山別の楽しかった調査紀行」では次のように記しています。

 とにかく目的が果たせたので一行は満足。せっかくここ迄来たのだからと、ずっと南下して古丹川筋の三毛別に行った。三毛別は雪どけや長雨の時に増水が押し出す川の意かと思っていたのでそれを確かめたかったのだった。
 三毛別では折よく部落の老人がたの懇親会が催されていてそれに飛び入り参加。目的を話したら土地の年寄り方が目を見合わせて、そうだそうだ。その通りの土地ですよと大歓迎で嬉しかった。
(山田秀三「東北・アイヌ語地名の研究」草風館 p.20-21 より引用)ISBN4-88323-063-5 ※ 強調は引用者による

ちなみに、このあたりには二つの「三毛別川」があり、引用部は古丹別川筋の「三毛別川」の話題なので、厳密には築別川筋の「三毛別川」の話ではありません。ただ、意味が似通っている可能性は高いと考えています。

Joyful Fieldwork

5 月の北海道は、どこの川も雪融け水でいっぱいになるのが当たり前で、即ち「三毛別川」だけの特色であるとは言えないと思いますが、山田秀三さんは嘗て「これらの sanke をいっしょに調べて、その意味を明かにしたいものである」と記していただけに、それに対する(ご自身なりの)答が出せたことも「楽しかった」所以かも知れません。

うむ、ここまで「三毛別」について語った文章は、そうは無いでしょうねぇ(それがどうした)。

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