2010年12月25日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

復活!(←)アイヌ語地名の傾向と対策 (28) 「藻岩山・豊平川」

 


復活!(←)アイヌ語地名の傾向と対策(その28)「藻岩山・豊平川」編

というわけで、「アイヌ語地名の傾向と対策・第二部」がスタートです。目指せ水戸黄門!



藻岩山(もいわやま)

えー、何時の時代にも「ついうっかり」という粗忽者がいるものですが、こちらは「ついお隣さんと名前を間違えちまったよ」という話です。「粗忽長屋」という古典落語の演目がありますが、そういえば「粗忽永田」というh(世情を鑑み以下自粛

註:永田方正さんのことではありません。

元々「モイワ」という山は、現在の「円山」を指していたそうで、現在の「藻岩山」は「インカルシペ」という名前でした。inkar-us-pe で「眺める・いつもする・処」だとされます。


インカルシペ

インカルシペ」あるいは「インカルシ」(inkar-us-i)という地名は道内各所に見られるらしく、例えば「遠軽」(えんがる)も「インカルシ」に由来すると言われます。

我らが山田秀三さんは面白いことを考えていて、福島市の信夫山の東麓に存在した「五十辺村」(いがらべむら)が「インカルシペ」ではなかったか、との説を開陳されていました(山田秀三「南のアイヌ語地名? ──福島県・関東北辺の散策記」草風館『アイヌ語地名の輪郭』に所収)。すなわち「信夫山」=「インカルシペ」という仮説なのですが、街中にそびえる小高い山という意味では札幌の藻岩山にも通じるところがあります。

モイワ

で、「インカルシペ」に名前を持って行かれた「モイワ」山ですが、mo-iwa で「小さな・山」という意味だそうです。確かに現在の「藻岩山」よりは「円山」を指すのにぴったりですね。

iwa については知里真志保さんの秀逸な解釈があるので、ご紹介しましょう。

iwa イわ 岩山;山。──この語は 今は ただ 山の意に 用いるが,もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。語原は kamuy-iwak-i(神・住む・所)の省略形か。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.38 より引用)

「インカルシペ」と同様に、「モイワ」も道内のあちこちにあるらしいです。「ノミの大群」に由来すると言われる(←)大樹町には、そのものずばりの「モイワ山」が存在しますし、同じく十勝管内の豊頃町にも「茂岩」という地名があります。探せば他にもたくさんありそうですね。いずれも小ぶりな独立丘みたいです[要出典]

豊平川(とよひらがわ)

ダムの名前は「豊平峡」で「ほうへいきょう」ですが、川の名前は「とよひらがわ」です。tuy-pira で「崩れる・崖」だとされます。

定山渓のあたりであれば「崖」があっても不思議は無いように思えるのですが、他ならぬ「豊平区」のあたりに果たして「崖」があったのか、という疑問が出てきます。改めて現代の地形を見てみると、豊平川の東岸ではなく、ひとつ東隣の精進川(o-so-usi)の東岸にちょっとした崖が見て取れます。

どうやら、昔の「豊平川」は、現在の「中の島」の左右に分流していたのだとか(だから「中の島」だと)。豊平川の奔流が崖を崩してしまうのを防ぐために、中の島の西側の流れに一本化した、といったところかも知れません。

ピラケㇱ=崖っぷち

崖があったと思われるのは、現在の「平岸」のあたりでしょうか。「平岸」は pira-kes(ピラケㇱ)で「崖・の端」という意味だそうですから、きちんと符合します。すっきりですね!

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク