2011年1月13日木曜日

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第32回「侘びと錆び」

 


「三航北国日誌」第 32 回です。……なんだか久しぶりですね、このフレーズ。この書庫は今年初めての更新ですが、次に北海道に上陸するまでこのまま引っ張ります(断言した

「富内」は「とみうち」と読みます

さて、1999 年……じゃなくて 2010 年の夏休みの話題です。Day 2 の最終目的地は平取なのですが、時間が結構余っていたので、富内の某所に行ってみました。

富内というのは、このあたりです。


今は市町村合併で「むかわ町」ですが、以前は……、あれ、何でしたっけ? 穂別町、で良かったですか?(誰に聞いている

20 世紀を見に行く

車を停めて、向かった先は……


何の変哲もない踏切です。左側(西側)を見てみると……


駅のホームらしきものが見えます。回れ右をして東側を見ると……


ポイントが見えます。よーく見ると左隅には「腕木式信号機」が見えますね。これは国内ではほぼ絶滅した筈のもので、大変貴重なもの……だったと思います。

侘びと錆び

足下のレールを見てみると……


残念ながら、錆びきっています。そう、つまりこれらは「鉄道の遺構」で、既に廃止されてしまった線路(駅)が保存されている、ということです。ここは、かつて「国鉄富内線」の「富内駅」があったところです。

古き佳き時代は白黒の思い出

もう鉄道としては廃止されているので、「線路内立入禁止」といった警告もありません。……中に入って見ましょう。ホームを見てみると……


国鉄富内線が廃止されたのは 1986 年のことだそうですが、当時の佇まいがそのまま残されている雰囲気ですね。駅名標も国鉄時代の白黒のものが並びます。……並ぶ??


あれ?


あれあれ?


あれれぇ~~? 全部違う駅の駅名標が本当に並んでいます。


幸いな事に(?)、本物の「と み う ち」の駅名標も残っていました。隣は穂別で、反対側は平取町の幌毛志です。それにしても、この無骨な白黒の駅名標に妙なノスタルジーを覚えるのは、ロシアの人たちが旧ソ連時代の遺物を懐かしむのと同じような心境なのかもしれません。そんな時代もあったねと、いつか話せる日は来るのでしょうか。

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