2011年3月17日木曜日

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第77回「昨日、悲別で」

 


「三航北国日誌」第 77 回です。ファイトォォー、ニッポォーン!

「悲別駅」は実在した!

さてさて。上砂川町の中心部(だと思う)にやってきました。


車を停めて、雨の中向かったのは……。


なんと、こんなところに「悲別駅」は実在したのでした! 駅名標にも「空知郡悲別町」と記されています。

……で、それって何?

……もしかしたら、「で、それが何?」という反応をされる方のほうが多いかも知れませんね。えっとですね、むかーしむかし、「昨日、悲別で」というテレビドラマがあったらしいのですよ(伝聞か)。

昨日、悲別で(きのう、かなしべつで)は日本テレビ系列で1984年に放送された倉本聰脚本のテレビドラマ。
(Wikipedia 日本語版「昨日、悲別で」より引用)

なのだそうでして……。えっとですね、むかーしむかし「倉本聰」という脚本家が……(もういい)。

仕事を求めて東京に出た若者と、故郷に残って地元で働く若者の心の交流を描いたストーリー。物語の舞台は、東京、北海道・悲別町(上砂川町がモデルの架空の町)
(Wikipedia 日本語版「昨日、悲別で」より引用)

というストーリーだったそうです(伝聞か)。そして、「上砂川町がモデルの架空の町」とある通り、「悲別町」はドラマの中の架空の存在です。ついでに言えばロケが行われてから 30 年近く経つ筈だったりするのですが、石炭の時代が終わった後の、町の歴史の輝かしい一コマとして大切にされているのかも知れません。

絵になる姿?

そして、駅名標の後ろに見える旧型客車は


「スユニ60 218」とあります。これまた随分とくたびれた状態ですが、朽ちるに任せる姿というのもこれまた絵になるものです。


昔は郵便の配送も鉄道が使われていたんですよねぇ。なんだか妙に懐かしいです。

国鉄、JR、そして……

ちなみに、「かなしべつ」の駅名標の裏側は


このようになっています。右側が「かなしべつ」の駅名標の裏側です。左側は JR 北海道の駅名標ですね。砂川から上砂川までの、通称「上砂川支線」は随分前に廃止されたと記憶していたのですが、なるほど、JR 北海道に継承されてから 7 年間は営業を継続していたのですね。

そんなわけで、これは


「上砂川駅」の駅舎なんですが、横にでかでかと「悲別駅」と書かれていたのでした。

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