2011年4月16日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (42) 「栗山・長沼・野幌・厚別」

 


週末はこちらのネタで。ワンパターンも度が過ぎると……という話ですが、もう気にしません(←



栗山(くりやま)

夕張から山を越えて西に出たところで、ここから北に行くと岩見沢市、南に行くと「ヤリキレナイ川」で全国的に有名な(そうなのか?)由仁町です。

さて、気になるその由来ですが、山田秀三さんは「栗山の名は,栗が多い処なのでそれに因んだのだという」と、あっさりと片付けています。うむ、これだとまさかの非アイヌ語地名という可能性も出てくるわけですが……。

念のため、「角川──」(略しすぎ……と書くのはお約束(← )を見ておきますと、

地名はアイヌ語ヤムニウシに由来し,ヤム(栗),ニ(木),ウシ(多い)を意訳したもので,付近の山にクリの木が多いことにちなむ(角田村史)。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.512 より引用)

とあります。ふむふむ、「ヤム」に「栗」なんて意味があったかな? と疑問に思ったのですが、萱野さんの辞書を見てみると……それで合っているみたいです。

yam というと「冷たい」という形容詞にも思えてしまう(ex. yam-wakka-nay)のですが、この yam はどちらかといえば北部の言い回し、かも知れませんね。

ここの「栗山」が「ヤムニウシ」に由来するのであれば、yam-ni-usi で「栗の・木・が多くある処」で良さそうです。

長沼(ながぬま)

はい、サクサクと続けましょう。この「長沼」は、明らかに「意訳」っぽい地名ですが、「角川──」さんに伺ってみましょう。

夕張川・旧夕張川・千歳川に囲繞される馬追原野の全域。地名の由来は,夕張農場内にあったアイヌ語でタンネトゥ(長き沼の意)という沼の名による(長沼町の歴史)。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1038 より引用)

まーた小難しい日本語が出てきましたが、「囲繞」は「いじょう」または「いにょう」と読むのだそうです。「いにょう」とは、


しまった(←)。えーと、「囲繞」とは、


という意味なのだそうです。

ということですので、「長沼」は tanne-to で「長い・沼」を意訳した、と考えてまず間違いなさそうです。

野幌(のっぽろ)

NHK 教育の「できるかな」で、23 年間ひとことも話すことの無かった「ノッポさん」が、最終回についに話してしまったということがありましたが、あれはクララが立った以上の衝撃だったような気がします。って、一体何の話をしているのやら……。

……野幌ですね。今回も「角川──」からどうぞ。

地名は,アイヌ語のヌプオルオベツ(野中の川の意)に由来(江別市史)。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1142 より引用)

これは「北海道駅名の起源」(昭和 48 年版)と同じ解釈のようです。nup-or-o-pet で「野・中・多くある・川」といった意味でしょうか。ただ、アイヌ語は基本的にリエゾンするので、「ヌプオルオベツ」ではなく「ヌポロペッ」と発音するのがネイティブっぽい(←)と思われます。

厚別(あつべつ)

日高町(旧・門別町)にも同名の「厚別」がありますが、ここで取り上げるのは札幌近郊の「厚別」です。「『おひょう(楡)の多い川』かな~」などと楽観視していたのですが、どうやら全然違ったみたいで(←

ここは、言わずと知れた斯界の碩学・山田秀三さんのご意見を伺いましょう。

 厚別の類の地名が道内には多いか,簡単過ぎてどう読んでよいか分からないものが少なくない。幸いこの厚別は幕末から明治にかけての記録が多かった。松浦氏西蝦夷日誌は「アシニウシベツ。昔し樹枝もて梁を架しという義なり」と書いた。また彼の東西蝦夷山川地理取調日記(函館図書館)では「アシユシベツ」である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.31 より引用)

「簡単過ぎてどう読んでよいか分からない」というのは鋭い指摘でして、多くの場合、「厚」と「別」の間には他の音が挟まれていたと考えられるのですね。ただ、「省略しても大凡の意味は通じる」として省かれるようになり、やがて原義が失われる……という流れを辿ったと推測できるのです。

 明治 6 年札幌郡西部図では「アシベツ」,明治 7 年林顕三北海紀行は清田の処を「ハシスベツ」と書いた。高畑利宜が測量した銭函・忠別太間図(明治 7 年・滝川図書館)ではこの川の清田の辺がハシベツ,下流部分がワシベツとなっている。下って永田地名解(明治 24 年)は「ハシ・ウシ・ベツ。雑樹の川。又柴川とも訳す。今人厚別と云ふは非なり」と書いた。厚別という形は古くは見られないが,永田氏のころにはその名が行われ出していて,それは原音ではないと書いたものらしい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.31-32 より引用)

というわけでして、山田さんは「厚別」の語源として has-us-pet(「灌木・多くある・川」)が has-pet(「灌木・川」)に略された、と考えたようです。

 それから先は推定である。東北弁の人が多い世界だったので,アシベツ→アチベツ→アツベツとなり,それに厚別の字が当てられて今の形となったのではあるまいか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.32 より引用)

これはなかなか踏み込んだ分析で一理あるように思えますが、あるいは単純に「ハㇱウㇱペッ」が「ハスペッ」となり、フランス語よろしく母音の h が抜け落ちて「アスペッ」となったのかも知れませんね。

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