2011年5月29日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (52) 「厚瀬崎・千走・原歌・茂津多」

 


本日は「島牧村」特集ですが、「特集」と言えるほど深く掘り下げているわけでも無いのでご注意を(←



厚瀬崎(あっちゃせざき)

はい、実は「厚瀬」で「あっちゃせ」と読むのだそうです。結構な難読地名に思えるのですが、いかがでしょうか。この地名もマイナーすぎるからか、山田秀三さんの「北海道の地名」でもスルーされているので、「角川──」を見てみるしか……。

古くはアッチャラセともいった。後志(しりべし)地方西部,日本海沿岸,大平川と折川の間に位置する。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.77 より引用)

あっちゃー……(←)。念のため「永田地名解」も眺めて見ましたが、「島牧郡」の項にはそれらしい記載は見当たりませんでした。

とりあえず、「アッチャラセ」が原音に近いと想定すると、at-charse と考えるべきかと思います。charse は「すべり落ちるような急流」ですから、あとは at が何か、ということになります。

アッ!

at は、「おひょう(楡)の皮」か、「──がたくさんある」という意味ですが、他にも ar(「もう一つの」)の音韻変化形である可能性もあります。後ろが charse だとすれば「おひょう」の可能性は低くなるので、残りのどちらか、となるのですが……。

で、私は at-charse を「もう一つの・すべり落ちるような急流」だと考えたのですが、at-cha-us-i で「多く・捕る・良くする・場所」とする説もあるみたいです。何を多く捕るのかは言わずもがなだったようで、即ち「ニシン」のことだとか。つまり、もともとは heroki-at-cha-us-i だったのではないか、と。

確かに、永田地名解には「ポン モイ」(=「本目」のことだと考えられる)の次に「ヘロㇰ カルシ」と記載があります。そして厚瀬は漁港なので、ここが heroki-kar-us-i だったと考えてもおかしくありません。しかしながら、地形図で見ていると、厚瀬崎の東西に「チャルセ」(すべり落ちるような急流)っぽいものが見受けられます。なので at-charse でもおかしくないように思えます。

うむ。困りましたね。どうしましょうか(何を今更)。

千走(ちわせ)

思いの外に「厚瀬」で紙面(え?)を使ってしまったので、後はなるべく軽めに行きましょう。というわけで「千走」ですが、

地名はアイヌ語のチウウシに由来するといい,「潮が生ずる」という意味で,海岸近くの潮の流れが強いことによる(蝦夷地名考并里程記)。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.889 より引用)

なのだとか。この記述を素直に解釈すると chiw-us-i で「波・多くある・所」となりますが、一般的には chiw-as-i(「波・立つ・所」)が多いので、山田秀三さんは後者ではないかと見ていたようですね。まぁ、とりあえず誤差の範囲ということで(←

原歌(はらうた)

千走の西隣の集落で、このあたりにしては珍しく、約 800 m ほどの砂浜が広がります。「原歌」の由来ですが、para-ota で「広い・砂浜」とのこと。ああ、これだけすっきり済んだのは久しぶり!

茂津多(もつた)

1994 年頃に AC ミランのスポンサーをしていた motta というパン屋さんがあったのですが、わたくし結構 motta のパンが好きでして……。当時は京都にも直営店?があったような気がするのですが、意外と情報が見つからないものですね……。

脱線もほどほどに「茂津多」ですが、これは mo-ota から来ているそうです。意味は「小さな・砂浜」となるのですが、実際の茂津多岬は 250 m ちょいの崖になっているので、これだと意味が通りませんね……。山田秀三さんは次のように記しています。

茂津多はアイヌ語から来たものらしいが,その意味の伝承がない。舟底を削る時に使う小型の手斧の一種をモッタというが,それと関係がありそうにも思えない。この崖続きの間の処々に小さな浜があるようである。そのどこかがモ・オタ(mo-ota 小さい・砂浜)といわれていて,それがモツタと訛ったのでもあったろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.455 より引用)

どうにもしっくりと来ないですが、他に適切な答があるとも思えず……ですね。

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