2011年12月28日水曜日

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隠岐ジオパークの旅 (98) 「万物は流転して今ひとつ判然としない」

 


そして拝殿をじっくりと見る

社務所に長々と居座った揚げ句、宮司さんが下山されるのにご一緒することになったのですが、お暇する前に少しは拝殿と本殿を見ておかないと……となりまして。


はい。もちろん 15 時ごろにいらっしゃったお客さん+ガイドさんの姿は影も形もありません。

神仏判然令

ほかにお客さんもいないので、拝殿を正面から。


いわゆる「隠岐造」とは違う構造ですが、もともとは「焼火山雲上寺」というお寺だったので、「隠岐造」ではないのは当然のことかも知れません(製造も大阪ですし)。

社名
明治以前は焼火山雲上寺(たくひさんうんじょうじ)と号し、焼火社焚火社離火社(いずれも「たくひ(び)のやしろ」、または「たくひ(び)しゃ」と訓む)とも称されたが、明治初頭の神仏判然令を受けて現社名に改めた。
(Wikipedia 日本語版「焼火神社」より引用)

明治になって「お寺」と「神社」の兼業?を止めてしまったのは、いわゆる「廃仏毀釈」の流れに乗ったものなのでしょうね。隠岐は中沼了三らの存在もあってか、勤王の風土が比較的強かった(だろう)ことも「廃仏毀釈」の流れを加速したのでしょう。

ですから(無理矢理話を戻した)、正面の額には


焼火山」の文字が。なんだか遮光器土偶のようなポップなデザインですね(← もう少しマシな表現はできないものか)。

「焼火神社雲上宮」の正体

そして、拝殿の正面向かって右側には


「焼火神社雲上宮」と書かれていますね。雲の上のお宮、とは天空の城も一目を置く存在でしょうか。

しかーし!(←


「焼火神社」の右側に小さく光る「西ノ島町十五番札所」の文字が。「札所」と言えば四国のお遍路さんとか、どうしても「仏教」の世界が連想されてしまいます。いえいえ、ここは神社……、神社ですからねっ。

さらに下の方を見てみると


「御本尊 地蔵菩薩」という文字が。orz

本尊ほんぞん)には、次の意味がある。
  • 仏教寺院や仏壇などに最も大切な信仰の対象として安置されたり、お守りとして身辺に常時携帯される、仏や菩薩などの彫刻・絵画・曼荼羅(まんだら)・名号などのこと。
(Wikipedia 日本語版「本尊」より引用)

「御本尊 地蔵菩薩」って……。それってお寺じゃん!。まぁ、

  • 仏教、もしくは仏教以外の宗教において信仰の対象として大切に扱われるもののこと。
  • 仏教、もしくは仏教以外の日常生活において、ものごとの張本人や端倪すべからざる人物、大切にすべき物などのこと。
(Wikipedia 日本語版「本尊」より引用)

こういった解釈も成り立たないわけではないですが、しかし「菩薩」は仏像ですよね、やっぱ(笑)。そして、左に書かれた「足袋の外はきものにてあがるべからず」(?)という断り書き。実は俳句だったらどうしようかと一瞬どぎまぎしてしまいました。

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