2012年1月11日水曜日

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第107回「『戦艦セワストーポリ』と『黒木神社』」

 


ウッドデッキのようなもの

さてさて。「おみくじ無料!」のビジネスモデルが話題の「黒木神社」の拝殿に向かう途中で、ウッドデッキのようなものを見かけたのですが、


今度こそ立ち寄って行きましょう。


はい。ご覧のとおり、どうやら展望台のようです。


展望台から望むのは……


海の向こうに見えるのは伯耆大山の姿……ではなくて、お向かいの海士町(中ノ島)の山並みですね。後鳥羽上皇の行在所跡があるところです。

砲弾のようなもの

展望台の真ん中には、このような休憩所も設けられているのですが、


その一角に、あきらかに異質なものが……。こちらです。



どうみても砲弾でした(←

これは、どうみても梵鐘……ではなくて砲弾のようです。台座に由来が書いてあります。


「記念砲弾」と題してありますが……。「記念砲弾」というのはなんとも耳慣れないですね。本文を読んでみると、

明治三十七年十二月五日二〇三高地方面ノ敵ハ……
(旧字体を新字体に変更しています)

というわけで、乃木将軍の旅順攻略の際のエピソードが記されています。即ち、「日露戦争」を記念したもの、ということになりますね。後のほうを見てみると、

九月残敵主力艦セワストーポリ号ハ猛射ニ堪ヘズ城頭山南方ニ避泊十二日東郷艦隊水雷艇隊ノ襲撃ニヨリ大破セリセ号ハ露国戦艦ニシテ最後迄此種砲弾ヲ以テ抗戦セシガ以来三十五年間艦ト共ニ沈没セルヲ昨年九月引揚タルモノ也
(旧字体を新字体に変更しています)

相変わらず飲み込みが悪いのですが、えーと、つまり……。この砲弾はロシアの戦艦「セワストーポリ」号(セバストポリ号)のもので、旅順の港内に沈んでいたものを、わざわざ 1939 年になってから引き揚げて、なぜか?「黒木神社」の境内に飾ってある、ということになるのでしょうか。

大東亜に冠たるニッポンだった頃

それにしても、屋外にむき出しで展示してあるものですから、雨風に曝されたおかげで錆が酷いことになっていますね。引き揚げ当時は「紀元二千六百年」で盛り上がっていた時代で、海士町では「隠岐神社」がオープンした年でした。妙な対抗意識があったのかも知れませんね……(笑)。

で、戦艦「セワストーポリ」と「黒木神社」の関係は……なんとなくですが、大して無かったような気がします。どなたか真相をご存知の方が見えましたらフォローをお願いいたします。

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