2012年3月18日日曜日

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イザベラ・バード「日本奥地紀行」を読む(第19回)

 


引き続き、今日も 1878/6/7 の「第四信」(本来は「第六信」)を見ていきます。

中国人の買弁

普及版ではカットされている「中国人の買弁」というセンテンスを見ていきます。

 到着後1時間以内で、買弁という新しい単語を耳にする。そして、まさに買弁としてこそ、中国人が信頼を得ており、取引上の問題でこの外国人社会の幾らかを調整する力を持っているのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.33 より引用)

横浜と言えば「シウマイ弁当」ですが、もちろん「買弁」は「弁当を買う」という意味では無くて……。単純に言えば「商人」といった意味みたいです。ニュアンスとしては、今で言う「総合商社」に近いのかも知れません。「中国人の買弁」とありますが、「買弁」という単語自体で清朝末期の中国商人を指すようです。

それぞれの商館[商社]は中国人の買弁──一切の雑用係、仲買人、時には専制君主である──を雇っています。日本の生産者、そして多くの場合は仲立人でさえ、決して外国商人とは会おうとしないで、「ピジン[クレオール]」英語にピジン日本語を付け加えた上に、自分たちの書き文字(これが大体ここで利用される)が用をなす中国人を通して取引をするのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.33 より引用)

日本人と言えば「ネゴシエーションが下手」といった良くない先入観で見られることもあるのですが(そして多くの場合事実だったりもするのですが)、明治の初頭でも、すでにその傾向が見え隠れしているようで興味深いですね。「買弁」は「日本人」と「外国商人」の間に入って、多くの場合はその利益を搾取していたようですが、そもそも「ピジン」という言葉?自体が "Business" という英単語の中国なまりが語源だそうですから恐れ入ります。

彼は外国商人に信頼されているが(外国人は彼が正当な搾取と看做すものを行ってもめったに許さないことはない)、彼(日本人客)は彼(買弁)によって確実に何でも搾り取られ、その強欲を点検できない日本人のディーラーからは、はなはだしく嫌われている。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.33 より引用)

うーん、現代でもありそうな光景ですねー(笑)。「正当な搾取」とは一体何だろう? という謎もありますが。

買弁でない中国人は為替商人かブローカーか(銀行の)社員であり、彼らの力はいつでも横浜経済の歯車を停めることが出来るほどである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.33 より引用)

まるで西洋社会におけるユダヤ人のようなポジションですね。……今はそんなことは無い筈なのですが、いつ頃から影響力を失ったのでしょうか。日清戦争の後あたりか、あるいは関東大震災のあたりか……。

日本人の丁寧さはほとんどその態度と口の利き方においてへつらいですが、中国人は自立心が強く、ほとんど人を見下すと言っていいでしょう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.34 より引用)

日本人の丁寧さを「へつらい」と評するのは、これまた厳しいですね。イザベラが中国人をこのように評するのは今に始まったことではないのですが、面白いのは、それを決して非難したりはしていないところですね。淡々と「こういうものなのだ」と受け入れているかのような感が見られます。

中国人は生において、まさに死においてと同じく、だれか他人の世話をこうむるということはないのです。中国人には中国人共済協会があり、職業組合、寺院があり、もし不運にも生きて戻って財産を国で使うことが出来ないようなときでも、彼は自分の遺産を確実に故国へ持って行くのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.34 より引用)

華僑のしたたかさが如実に記されていますね。イザベラの時代には「華僑」という言葉はメジャーではなかったのでしょうか。


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