2012年11月25日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (92) 「床潭・奔渡・パラサン岬」

 


今回は、厚岸町の地名をいくつかご紹介します。



床潭(とこたん)

厚岸湖側ではなく厚岸湾に面した厚岸町南部の地名で、厚岸駅から厚岸大橋を渡ってずーっと南に向かったところにあります。ふー、厚岸ばかりで大変ですね。

「トコタン」という地名は道内各所にありますが、tu-kotan で「廃・村」と解する場合が多いです。もう一つのパターンとして to-kotan で「沼・村」というケースがあるのですが……。「北海道の地名」を見てみましょうか。

 厚岸本町の市街から南に 4 キロ余の処で,厚岸湾口に近い海岸の地名。永田地名解は「トコタン to-kotan(沼・村)。此はトゥコタン即ち廃村の意にあらずとアイヌ云ふ」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.54 より引用)

確かに床潭の集落の隣には沼が現存するので、to-kotan で「沼・村」と見て間違いなさそうですね。




奔渡(ぽんと)

音からは京都の「先斗町」を思い出すような地名ですが、厚岸町の厚岸大橋の南側の地名です。「角川──」(略──)を見てみましょう。

 ぽんと 奔渡 <厚岸町>
古くはホントウといった。釧路地方南東部、厚岸(あつけし)湖西~南岸。湖上に弁天島(蠣島)がある。地名は,アイヌ語のポントー(小沼・子沼の意)に由来し,厚岸湖をポロトー(大沼・親沼の意)と呼んだことに関連する。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1388 より引用)

ふむふむ。pon-to で「小さい・沼」ですか。これまた疑問を差し挟む余地の無い地名のようですね。あ、いや、わざとそんなのを続けたわけでは……(汗)。

ただ、一つ疑問も出てきます。「床潭」には確かにトー(沼)がありましたが、「奔渡」にはトー(沼)の姿が見当たりません。これはどうしたことでしょう……?

かつて御供山西側から湖口に向けて砂州が形成されており(ノテトと称した),その東側が入江となっていて,そこをポントーと読んだのかもしれない
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1388 より引用)

おー、さすが我らの「角川──」です。地図で見た感じだと、山の西側はすっかり港湾に整備されてしまったようで、往年の面影を偲ぶのは難しくなっていますね。このあたりに「子沼」があったということでしょうか。

が,未詳。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1388 より引用)

あう(汗)。


パラサン岬

えーと、厚岸のもともと厚岸だったところ……では訳が分かりませんね(汗)。厚岸町の中心地は厚岸大橋で南北に分断されているのですが、もともとは橋の南側が厚岸の中心地だったそうです。鉄道の駅が北側に出来てから、北側にもいろいろな施設(役場や警察署など)ができたという歴史があるようですが……。

さて、その「南側」の厚岸の、海(厚岸湾)に西面した位置にある岬が「パラサン岬」です。何だか隅々にまで効きそうな地名ですが……(←

更科源蔵さんは次のように記しています。

 厚岸湾に突き出た岬。パラサンとは広い棚という意味だが、野獣をとる平おとしという罠のこともいい、この岬の岩層がそのおとしに似ているので名付けたもの。これがあるので魔物はおそろしくて、厚岸の部落には近よらないともいう。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.270 より引用)

更科流の面目躍如!といった感じの地名解ですね。この方の地名解は「地名説話」に近いものが多いと言われますが、これを見ると確かにそんな感じがします。口伝の民が紡いだ地名ですから、そういった一面があっても良いのでしょうね。

あ、パラサン岬の地名解ですが、para-san で「広い・棚のような平山」と見て良いかと思います。

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