2013年1月5日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (103) 「茶路・マカヨ・鍛高」

 


新しい年を迎えましたが、相変わらず、いつも通りに続きます。



茶路(ちゃろ)

えーと、NHK は関係ありません。ということで、今回も山田秀三さんの「北海道の地名」から。

 白糠町内の川名,地名。茶路川は白糠市街のすぐ西の処で海に注いでいるが,この辺での一番大きい川口である。その川を遡ると山を越えて十勝川筋の足寄郡に出る。足寄郡が釧路国の中に入れられていたのは,そこが釧路アイヌの居住権であったからで,白糠系統の人たちの住地だったらしい。茶路川口はそこへの主交通路の入口でもあった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.282 より引用)

というわけで、国道 392 号線(白糠国道)に沿って流れている川は「白糠川」ではなく「茶路川」です(そもそも「白糠川」という河川は存在しない……筈)。つまり、現在の白糠のあたりを「茶路」と読んでも不思議は無かったのですが、それだけ sirar-ka という地名にインパクトがあった……ということなのでしょうね。

話が逸れましたが、「茶路」の由来はアイヌ語の char(o) だったようです。意味は「」ですね。足寄の人が釧路に向かう道の「口」だった、といったところでしょうか。

ちなみに、茶路川を遡っていたところに「上茶路」がありますが、残念ながら「リトル茶路」はありません。

マカヨ

国鉄白糠線の「幻の駅」と呼ばれた「共栄仮乗降場」から少し北に行くと学校があるのですが、その脇を流れている小川の片割れが「マカヨ川」です。耳慣れない地名なのですが、何と我らの「角川──」に記載がありました。

 まかよ マカヨ <白糠町>
〔近代〕昭和46年~現在の白糠(しらぬか)町の行政字名。もとは白糠町大字白糠村の一部,マカヨ。地名の由来は,アイヌ語のマカヨ(フキの台の意)による。明治30年茶路原野区画で植民地となったが,それ以前からアイヌの居住があった。御札部・松川の各集落がある。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1400 より引用)

「フキの台」って何だろう……と思ったのですが、これは「蕗の薹」即ち「ふきのとう」のことですね。ギョウジャニンニクやエゾエンゴサクなどは各所の地名に残っていますが、フキノトウとはなかなか珍しいですね。

鍛高(たんたか)

「鍛高譚」というしそ焼酎が有名なので、この地名を読める方は多いのでは無いでしょうか。もっとも、「鍛高」が地名だと言うことをご存じない方も多そうですが……(汗)。

では、我らが「角川──」から行ってみましょう。

 たんたか タンタカ <白糠町>
〔近代〕昭和46年~現在の白糠(しらぬか)町の行政字名。もとは白糠町大字白糠村の一部,タンタカ。地名の由来は,アイヌ語のタンタカ(タカノハ鰈・カレイの意)による。明治30年茶路原野区画で植民地となったが,それ以前からアイヌの居住があった。鍛高集落がある。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.849 より引用)

ほぇー。確かに永田方正氏の「──地名解」にも、次のように記されています。

比目魚(カレイ) 川ノ名厚岸及西別ニ同名アリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.323 より引用)

なんでこんな所に「カレイ」なんて地名があるんだ……という疑問も出てくるのですが、良く考えてみると平取町にも「荷菜」(ヒラメ)というところがあります。どちらも海沿いの土地ではないので、珍しい魚が揚がると瑞祥地名的に扱われた、ということだったのでしょうか。


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