2013年9月15日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (142) 「ベンサシ・桃岩・元地」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

ベンサシ

礼文島南部の西端にあたるところにある岬の名前で、近くには「ベンサシ大島」という島もあります。少々厄介なことに、Google マップには「ビーサシノ崎」と書かれているのですが、さて一体どちらがオリジナル?に近いのか……。

「ベンサシ」の音から考えると、pen-chasi で「川上の・砦」と考えられそうです。ただ、実際の地形に即して考えると、このあたりには川は無さそうなので、「川上の」という解釈は的外れであるように思えます。

「ビーサシ」だとどうか、という話ですが、pi-chasi だと「石・砦」となります。これだと実際の地形にも即しているように思えます。

もっとも、「ビーサシ」がアイヌ語に由来するかどうかを検討しないといけないという話もあるんですけどね……(汗)。

桃岩(ももいわ)

香深から元地に向かう途中に見える巨大な岩山で、中に「桃の種」まで見えるという徹底したサービスぶり。さてその「桃岩」の由来ですが……。

今回は、久しぶりに「角川──」(略──)を見てみましょう。

宗谷地方,北海道北部の西海岸の離島,礼文(れぶん)島の南西海岸にある岩。島の中心集落香深(かぶか)から元地(もとち)に至る道路沿いに位置する。標高は249.5mで,柱状および板状節理が発達し,玢岩から構成される。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1530 より引用)

ふむふむ。「玢岩」というのは良くわかりませんが、とりあえず続きを見てみましょうか。

大正12年測図の5万分の1地形図には地名の記載はないが,明治9年に島内を一周した大主典佐藤正克の「巡察日誌」には「此地ノ上ニ桃状ノ山アリ桃山ト云フ,古ハ蝦夷ノ戦場ト云フ」とある。寛文10年にシャクシャインに与した磯谷のアイヌ50~60人が来襲し,香深井アイヌの長ワカインとの間に当地のこの岩付近で攻防があったとされる(礼文町史)。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1530 より引用)

ふぅーむ。図らずもこの辺りにチャシ(砦)があった可能性を裏打ちする記録があったのですね。

さて、Google マップによると、桃岩の麓(西海岸)の地名は「チヤツトコマリ」とあります。これは一体どういう意味なんでしょうか。ちょっと困りm(ry

……コホン。気を取り直して。「ツトコ」は tu-tuk で「山の走り根・先」であるとも考えられるのですが、その前後の「チヤ」と「マリ」が全く意味不明なので、このままでは解釈のしようがありません。

そうなると、やはり「チヤツ」は「チャシ」の転訛および転記ミスで、「トコ」も「コト」の転訛あるいは転記ミスと考えたくなってしまいます。仮にそうだとすれば、chasi-kot-tomari で「砦・跡・泊地」と解釈できそうです。

元地(もとち)

桃岩から少し北にいったところの地名です。これもちょっとアイヌ語っぽくない地名ですが、幸いなことに更科源蔵さんが考察を記しておられますので、ちょっと引用してみましょう。

 香深村内で最も日本的な地名である。それが日本語であるかアイヌ語であるか、はっきりしないが、日本語なら昔は元番屋か何かあったところをさす地名のようである。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.215 より引用)

ふむふむ。続きを見てみましょう。

元番屋は香深港のところであって、元地にあった記録は見当たらない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.215 より引用)

おー、素晴らしい。となると、やはりアイヌ語由来なのでしょうか。

アイヌ語であれば、香深港のところがトンナイで、沼のある川のトーウンナイと思われる。元地の方に小さい沼があって、これをモトー(小さい沼)と呼び、その沼岸(トーチヤ)をモトーチャと呼んでいたのに、元地の漢字を当てたかとも思われる
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.215 より引用)

おおっ、凄いですね! さすが更科さん冴えてます!

が、この付近に沼地らしい跡がない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.215 より引用)

(汗)……。さすがは我らが更科さんです。相変わらずロックです。素晴らしいです。

気を取り直して(またか)。確かに、言われてみれば mo-to-cha で「小さな・沼・岸」と解釈することができるのですが、更科さんも自爆した通り、「元地」のあたりには沼らしきものは見当たりません。

そういえば、to は今では「湖沼」を意味するけれど、昔は「海」を意味していた、と他ならぬ更科さんの本に書いてあったような気がします。元地のあたりの海が比較的穏やかなんだとしたら、mo-to-cha で「静かである・海・岸」という解釈もできそうですね。

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