2013年9月21日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (143) 「津軽町・フンベヲマトマリ・手然」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

津軽町(つがるまち)

礼文島の中心地は東海岸の「香深」ですが、もともとは「トンナイ」と呼ばれていたようです。そこから少し北に進んだところに「津軽町」という集落があります。この「津軽」は、青森県の津軽半島に由来する和名のようで、かつては「ヘウケトンナイ」という地名だったのだとか。

「トンナイ」は、おそらく to-un-nay で「沼・そこにある・川」で合っていると思うのですが、その前についている「へウケ」が良くわかりません。コバライネンは関係n(ry

……コホン。では、更科源蔵さんの「北海道の地名」を見てみましょうか。

沼のある川で、同じ状態のトーウンナイが二つあるので津軽町の方にヘウケという言葉をつけて区別したらしい。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213 より引用)

ふむふむ。まだ続きがあります。

ヘは頭で川上のことであり、ウケはウㇰでからまり合うの意かとも思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213 より引用)

うーん……。あ、そうか。he-uk という用法はちょっと自信が持てないのですが、he-u-kot であればなんかわかったような気がします。he-u-kot-to-un-nay で「頭・互い・に付く・トー・ウン・ナイ」かも知れません。

どういうことかと言いますと、o-u-kot は「河口・互い・に付く」ですが、he-u-kot は「頭(水源)・互い・に付く」なのではないかと。そうやって見てみると、トー・ウン・ナイの源流のひとつは途中から北流していて、津軽町に注ぐ川と非常に近いところを水源にしているのです。これを、「頭が互いに付く」と表現したのではないかと……。いかがでしょう?

フンベヲマトマリ

セイコーマート香深店は「礼文郡礼文町香深村字ヘウケトンナイ」にありますが、そこから少し北に行ったあたりの地名です。これは単語の意味も明瞭ですね。humpe-oma-tomari で「鯨・そこに現れる・泊地」と見て間違いないでしょう。

え? もう終わり? あ……はい(汗)。

手然(てしかり)

「津軽町」と「香深井」の間にある地名です。地図で見た限りでは、かなり小さな集落のようですね。「手然」は「てしかり」と読むのですが、普通はなかなか読めないかも知れません。

この「手然」は、もともとは「テシカリシマ」という地名だったようです。では、今回も更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」からどうぞ。

津軽町の北一キロほどのところの地名。あまり類のない地名である。語源は古地図によるとテシカリシュマとなっている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213-214 より引用)

はい。ここまでは大丈夫ですよね。では続きをどうぞ。

テシカは釧路弟子屈町などの場合は、岩盤のことをいう言葉で、屈斜路湖畔にもテシカウ・シレト(岩盤のある岬)などがあるが、もう一つは簗(テシ)を作る(カリ)という意味があるので、礼文島の場合どっちに属するか明らかではない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.214 より引用)

ふむふむ。teska-ri か、あるいは tes-kar-i か。確かにどちらでも意味が通ってしまいそうです(そもそも tes の意味するものはどちらも「簗」なので、当然と言えば当然なのですが)。

最後の suma は、これまた「岩」という意味なので、teska-ri-suma だと「岩盤の上・高い・岩」となってしまいますね。ただ、ちょっとこれ以上解釈しようが無いのも事実なので、とりあえず今回はこの辺で。

ちなみに、この近くには「チヤチウス」という地名もあるみたいです。これも chasi-us で「砦・多くある」となりますね。

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