2013年9月28日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (145) 「内路・赤岩・上泊」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

内路(ないろ)

礼文島中部、どちらかと言えば北寄りの集落で、礼文岳への登山道の入口があるところです。同名の川もあります。大変ありがたいことに由来は簡単なのですが、せっかくなので、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見ておきましょうか。

香深港から礼文島の東海岸を走るバスで十二キロ深く入り込んだ澗をだいて小・中学校のある物静かな村落である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213 より引用)

あれ、小学校があったかな? ……と思って確認してみたところ、どうやら「内路小学校」は 2006 年に廃校になったとのこと(残念です)。また、香深中学校内路分校があったようなのですが、地図には見当たらないですね……。

続きを見てみましょう。

現在は当時そのままに、ナイロと呼んでいるが、字名は大字香深村ナイオロとなっていて、この方がもとの地名に近い。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213 より引用)

ふむふむ。やはり、もとの地名は「ナイオロ」だったんですね。

現在、内路市街のところを流れている小川の名がポロナヨロと呼ばれたもので、大きい川の所の意味。本当は川がポロナイ(大きい大事な方の川)で、川の出口にある入江をポロナイオロといわれたものらしい。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213 より引用)

ほほう~。「ポロナイ」があったということは「ポンナイ」があったということになりますが……

ポロナイに対して現在起登臼と呼んでいるところの小川が、ポロナヨロとよんでいたことが、古い地図の上に記されている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.213 より引用)

先生、それだとどっちも「ポロナイ」です(汗)。前回の「起登臼」の回でもちらっと触れていますが、起登臼の旧名は「ポンナヨロ」ですね。

さぁ、これだけ引っ張っておけば大丈夫でしょう(何が)。「内路」の由来は nay-oro で、意味は「川・のところ」ですね。

赤岩(あかいわ)

礼文島の地図や地名を見ていて、あれ、おかしいぞ……と気がついたのがこの辺りでした。現地の案内は「赤岩」なのに、すぐ近くにある「礼文高校」の所在地は「字ヲチカフナイ」なんですね。ということは、「ヲチカフナイ」を和訳すると「赤岩」になるんじゃないか、などと想像してしまいますが、世の中そう甘くはありません。

「ヲチカフナイ」を素直に解釈すると、o-chikap-nay で「河口・鳥・川」となります。知里さん風に直すと、もともとは o-chikap-un-nay だったとするべきなのでしょうね。これだと「河口・鳥・そこにいる・川」となります。

ちなみに「赤岩」をアイヌ語に直すと hure-suma あたりでしょうか。似ても似つかないのですが、もしかしたら「ヲチカフナイ」の近くに「フレシュマ」という地名があったのかも知れません。

なお、「香深」の語源が「チカプナイ」から出た、という説があるそうです。もしそれが正しいのだとすれば、ここも o- ではなくて mo- だった可能性も出てきそうですね。

上泊(うえとまり)

「赤岩」から少し北にいったところの地名です。漁港があり、近くには「上泊崎」という岬もあります。地形を見た限りでは、それほど泊地として悪いところでは無さそうなのですが……。

この「上泊」、もともとは「ウヱントマリ」という地名だったようです。もう答が出てしまったようなものですが、これは wen-tomari で「悪い・泊地」だったと考えられます。

さて、一体どの辺が「悪い」のか。更科さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

どっちも船掛りの悪い港という意味で、岩礁があってうっかりしていると、舟をこわしてしまうという危険地帯である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.215 より引用)

はっはー、なるほど。岬があるから波浪の影響が軽減される……と思ったのですが、岬の存在は転じて岩礁もあるかも、となるわけですね。これは確かに要注意です。何度も痛い目にあったので「悪い泊地」と呼ぶようになった、ということなのでしょうねぇ……。

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