2013年10月13日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (150) 「鮑古丹・鉄府・カムイアバトマリ」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

鮑古丹(あわびこたん)

須古頓の南、白浜の西隣に位置する地名です。アイヌ語のようでもあり、でも和名のようでもあり……。ちょっと謎めいた感じがします。

今回も、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」から。

礼文島スコトン岬から南にさがって、屏風のようなカムイコタンの絶壁との間に、大きく西に日本海を抱いた入江、鮑が沢山とれるので、自然鮑を採る人々の部落(コタン) ができたので名付けられたものと思われる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

ふーむ。やはり「アワビ」は日本語のようですね。「コタン」は勿論アイヌ語なのですが……。

この地名は新しいもので、古くはレフタ・トマリと呼ばれていたところで、明治以前の松浦武四郎の地図にはシフネトマリとある。どちらが正しいか、またどう解釈すべきか明らかでない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

ふむふむ。そうですね。Google Map を見ると現在も「レフタトマリ」と書かれています。意味は確かに不明瞭ですが rep-ta-tomari で「沖・にある・泊地」あたりでしょうか。

松浦武四郎の「シフネトマリ」が正しい音を書き残しているのだとすれば、そうですね、si-hum-na-tomari で「大きい・切り立った・泊地」とでもなるのかも知れないですが、果たしてどうでしょう。「シ」が「レ」の誤読で、「ネ」が「タ」の誤読であれば万事解決なのですが……(←)。

鉄府(てっぷ)

「澄海岬」のある西上泊の北隣にある地名です。もともとの字名は「テフネフ」らしいのですが、んー、ちょっと意味がわからないですね……。

更科源蔵さんは、次のように記しています。

鮑古丹のカムイコタン岬を南にかわしたところ、鮑古丹よりも大きく湾曲した入江の底に並んでいる部落をさしている地名であるが、昔はどこの何に名付けられたものか明らかでない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

ふむふむ。

明治以前の地図にも、明治時代の古いのにも、テフネフとなっているが、それが次第になまって現在のテフネップとなり、鉄府の当て字がされたものと思われる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

ふむふむふむ……。

テフネフとは何であるかはっきりしないが、強いて語源をたずねると、テイネㇷ゚ではないかと思われるが、
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

ふーむ。札幌近郊の「手稲」と同じではないか、という話ですね。まだ続きがあります。

これまでの資料でそう書いたものは見当たらない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

さすがです。久しぶりにバッサリと来ましたね(笑)。

さて、更科さんの説だと「テフネフ」は teyne-p で「どろどろしている・所」ではないか……とのことですが、もし「てふ」を「ちょう」と読ませていたのであれば、なるほど、何となく納得できそうな気もします(「テイネㇷ゚」→「チョウネフ」)。ただ、そうではなく「てふね」がそのまま「テフネ」だったのであれば、「テイネ」と「テフネ」はちょっと見逃せない違いなんじゃないかな、とも思えてきます。

「テフネㇷ゚」という音に近い試案を考えてみると……。そうですね、rep-ne-p で「沖・のような・所」とも考えられそうな気がします。もう少し掘り下げた研究が必要そうですね……(汗)。

カムイアバトマリ

礼文島の西海岸、西上泊と召国の間の地名です(現在の「召国」の位置の旧名である可能性もあります)。峻険な地形のために道路は皆無で、地図上では建物がたった 1 つだけ存在しているように見えます。住居では無く、番屋なのかも知れませんね。

「カムイアバトマリ」は、kamuy-apa-tomari で「神・戸口・泊地」といった意味だと考えられます。こういった場合の「カムイ」は「神」ではなく「魔」としたほうが、より適切なのでしょうね。

更科源蔵さんのご意見も伺っておきましょう。

鉄府から西上泊を越えて南に下ったところに、やはり西に日本海に向かった入江の南に山を背負って風をさけているような集落がある。この集落から見ると点々と岩礁が岬の先に並んでいて、ここをカムイアパトマリと古い地図に記名されている。神の戸口とでもいうべきで、この岩が北風をよけてくれるから、または魔神の入口として恐れたところからであろう。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.218 より引用)

ふむふむ、なるほど。「魔神の入口」というのは言い得て妙ですね。流石です。

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