2013年11月17日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (160) 「クサンル川・更喜苫内・勇知」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

クサンル川

抜海のほうからオロロンラインを上がっていくと、稚内の手前で長い上り坂の峠を越えるのですが、峠を越えた先からはクサンル川沿いに稚内市内に向かうことになります。「ル」は ru で「路」なのでしょうが、「クサン」がピンと来ませんね……。

というわけなので、今回は山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

クサンル
 稚内市街南端部の地名,川名。日本海岸の坂の下部落の辺からルエラニ(坂)を上り,峠を越えて東に降ると稚内の湾に出る。その斜面がク・サン・ル「ku-san-ru 我・浜の方に出る(下る)・道」の意だったらしい(ku と単数を使った点に疑念はあるが)。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.161 より引用)

ふーむ。ku-san-ru で「私の・浜のほうに下る・道」ということですね。確かに普通は ku ではなく chi(我ら)を使うことが多いので、不思議な感じがします。

2016/7/31 追記
改めて考えてみると、これは kus-an-ru で「向こう側・にある・路」としたほうが自然ですよね。あるいは kus-un-ru だったかもしれませんが。

ちなみに、山田さんが「坂の下」と書いているのは現在の「西浜(四)」のあたりかと推測されます(違っていたらすいません)。また、「坂の下」のすぐ北側には「又留内」という地名があったそうなのですが、今の地形図ではそれを確認することができません。ちょっと残念ですね……。

更喜苫内(さらきとまない)

稚内市内から国道 40 号を南に少し行ったあたりは広い野原(牧草地がメインでしょうか)が広がるのですが、そのあたり一帯の地名です。速度違反の取り締まりをよくやっているようなので、注意が必要です(笑)。

「北海道の地名」には、次のようにあります。

永田地名解は「サリキ・ト・オマ・ナイ。葭沼川」と書いた。サㇽキ・ト・オマ・ナイ「sarki-to-oma-nai 葭(葦)の・沼・にある・川」の意。大沼のその部分に葭が多く生えていてできた名か。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.161 より引用)

なるほどー。sarki-to-oma-nay で「葦・沼・にある・川」というわけですね。

勇知(ゆうち)

稚内市南部の地名で、宗谷本線にも同名の駅があります。国道 40 号は勇知川の最上流のあたりを通過しています。今回も「北海道の地名」から。

松浦氏再航蝦夷日誌ではイウチと書いた。永田地名解では「ユーチ←iochi(蛇多き処)」と書かれた。イ・オッ・イ(i-ot-i それ・多くいる・処)の意。蛇というのを憚かって「それ」といったのであろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.159 より引用)

あ、これは「余市」の由来と全く同じですね。i-ot-i で「あれ・多くある・ところ」ですよね。ここで言う「あれ」は、言挙げを憚られるようなものを指す指示代名詞で、今回の場合は「蛇」を意味していたと考えられます(場所によっては「熊」や「マムシ」などの場合もありますね)。

最後にトリビアがありましたので、あわせてご紹介を。

 なおアイヌ語では日本語と同じく ti の音がなく, その場合は chi(チ)となるのであった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.159 より引用)

へぇー。

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