2013年12月16日月曜日

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利尻・礼文の旅 2012/夏 (161) 「利尻のマクドナルド」

 


利尻町立博物館(つづき)

利尻町仙法志にある、利尻町立博物館の話題を続けます。



マクドナルドと言えば

1848 年に日本に密入国したラナルド・マクドナルド関連のコーナーがありました。


「ラナルド・マクドナルドの密入国は利尻島から」とあるのですが、彼はいったん焼尻島に上陸して、その後ボートで利尻島に移動、密入国を果たしたのだとか。焼尻島を離れた理由は「無人島だと勘違いしたため」だそうです(笑)。

日本での知名度はあまり高くないマクドナルドさんですが……


アメリカでは、日本を開国させる上での道筋をつけたとして、かなり高く評価されているのだとか。

児童マンガ

書籍と言えば、こんな懐かしいものも。


表紙のカラーリングが似通っているのが面白いですね。昔の「小学○年生」とかもこんな感じだったでしょうか(実は読んだことが無いのですが)。

利尻島全町明細図

「利尻町全町明細図」「沓形町市街案内圖」なるものもありました。下の「沓形調市街案内圖」は昭和 29 年のものだとのこと。上は仙法志なども含まれているので、それよりは新しいとは言え、デザインなどを見ると結構古そうなものに見えますね。



ご覧のスポンサーの提供で展示しています

いきなり、何やら毛色の違った展示が出てきました。


これは「スラスター」と呼ばれる、船舶の推進装置なのですが……。

 従来のウニ漁は、足櫂を使う特殊な漁法で行われており、風が出てくると船が流されて、自由な操業が困難であった。
 また、この漁法は 10 年以上のキャリアが必要である上、過度の全身労働により、漁民はたいへん苦労して行っていた。
(利尻町立博物館 説明パネルより引用)

ふむふむ。続きを見てみましょうか。

 しかし、風が出ても流されず、しかも片手で簡単に操作できる マーキュリー製のスラスターが使われるようになり、漁法は大きく変化し、漁民はたいへん楽になり、漁獲の能率も上がった。
(利尻町立博物館 説明パネルより引用)

ほうほう。それは確かに素晴らしい進歩だと思うのですが……

提供 マーキュリーマリン日本支社
(利尻町立博物館 説明パネルより引用)

あ、そゆことだったのですね(笑)。

ヌリバン

船と言えば、こんなものも展示されていました。


上に「ヌリバン」と書いてあります。この金属板の上からスプレーをかけると、「蘭泊」の字が塗ることができる、というものですね。スプレーが無かった頃は何を使っていたのか、ちと気になるところですが……。

雑平船(ジャッペセン)

博物館の出口(あ、入口か)には、何やら船が展示されています。


ふむふむ。この船は「雑平船」と書いて「ジャッペセン」と読むのですね。

 展示の雑平船は、昭和23年12月に新造されたもので、刺網漁用につくられました。当時、青森県からニシン漁場に働きにきていた船大工が、利尻島のエゾマツを材料につくったものです。
(利尻町立博物館 「雑平船(ジャッペセン)」説明パネルより引用)

あー、ということはこれは本物の漁船だったんですね。北海道の日本海側はニシン漁が盛んな土地でしたが、それは利尻でも例外ではなかったということでしょうか。


このパネルによると、「昭和30年からのニシンの不漁」とありますが、ニシンが獲れなくなるとともに、この手の木造漁船は姿を消していったのだそうです。

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