2013年12月22日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (169) 「イソサム川・チセネシリ山・元沢木」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

イソサム川

雄武町中央部を流れる川の名前で、雄武川の支流です。上流に雄武ダムがあります。さて、一体どういう意味なのでしょうか。更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

 雄武川の支流、イソサム(イソ・サンで獲物がおりる意。この川から名寄川のシカリペツやサンルペシベへ越えられた)の水源にある山で、
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.301 より引用)

ふむふむ。iso-san で「獲物・山から浜へ出る」という意味なのですね。iso には「水中の波かぶり岩」という意味もありますが、この場合は「獲物」と解釈したほうが自然な感じですね。これは川の名前ですから、おそらく iso-san-pet だったのでしょう。

チセネシリ山

雄武町東部の山(標高 430 メートル)の名前です。同名の山が道内各所にある……らしいのですが。

雄武町のチセネシリについて記したものではないのですが、知里真志保さんは次のような文章を残しています。ちょっと長いですが、引用しておきましょう。

たとえばチセネシリという山名が北海道のあちこちに見いだされる。従来それを「家の形をした山」と訳しつけている。なるほどチセは「家」,ネは「のような」,シリは「山」の意味であるから,それを「家のような山」「家の形をした山」と訳すことにまちがいはない。しかし現実に見る山はちっともわれわれの考える家に似ていはしない。家の屋根だけ持って来て地上においたような恰好の山である。むしろ「屋根の形をした山」と訳出した方が今のわれわれの観念にはぴったりするのである。古く人間が竪穴に住んでいた時代があり,そういう時代の家は屋根だけが地上にあらわれていたのである。チセネシリという山の名は,つまりそういう古い時代に名づけられたものだったのである。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『斜里郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.247 より引用)

はい。まずは意味からですが、chise-ne-sir で「家・のような・山」ですね。ただ、実際には屋根のような形をしている理由は、知里さんが記された通りです。一度「チセネシリ山」の山容をじっくりと眺めてみたいものですね。

元沢木(もとさわき)

しばらく山の中だったもので、川の名前や山の名前が続きましたが、そろそろ集落の名前に戻りましょう。元沢木は雄武町東部の地名で、もともとは「沢木」という名前だったようです。

では、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

沢木の語源については永田方正氏によれば「サラキプ」で「鬼茅アル処。和人沢喜村ト称ス○浜近キ処ニ鬼茅アリ故ニ名ズク今“サワキ”マタ“サワケ”ト云フハ非ナリ」とある。サラキとかサルキは葦のことで、鬼茅は荻であればヌプキで、萱ならヌプカウシとかラベンベであるから、この解訳は疑問がある。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.300 より引用)

うーむ。更科さんがいつになく細かいツッコミを入れていますね。ちなみに永田地名解については山田秀三さんも疑問を呈していました。

例によって語尾に p をつけて処と訳したが語法から見て変だ。サラキ(sarki 葭)とすればいいのではなかろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.177 より引用)

えー、要するに "-p" が記法として変だけど、sarki であれば問題無いのでは? というのが山田さんの解釈です。

そして、まだ続きがありまして……

北海道駅名の起源は昭和29年版から「土地のアイヌはここをサワケと言っていた。おそらくサマケ(傍の所)の転訛で,部落が山の傍の所などにあったからの証拠ではなかろうか」と新説を書いた。語義が全く忘れられた地名である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.177 より引用)

永田方正がわざわざ否定した「サワケ」こそが語源だったのでは無いか、という新説が出てきました。だんだんと収拾が付かなくなってきましたが、

川尻の辺に行って見たら,昔は葭原だったらしい処を元沢木川がゆったり流れていた。永田説もまた捨て難い。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.177 より引用)

んー、ますます収拾が付かなくなってしまったではありませんかっ。永田説を採るならば sarki ですが、山田さんも指摘する通り語尾の -p は変なので、あるいは sarki-us-i で「葭・おおくある・所」とすべきかも知れません。

「北海道駅名の起源」説だと、sama-ke で「傍・の所」となりますが、じゃあ何の傍だったんだ、というところが少々弱い感じもします。仮にどちらを推すか決めるとしたならば、山田さんの印象を尊重して sarki-us-i 説でしょうかね……。

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