2014年7月27日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (198) 「ヌタポマナイ川・オロロップ・モトツ」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ヌタポマナイ川

nutap-oma-nay??
山下の川沿いの平地・そこに入る・沢川

(?? = 典拠なし、類型あり)
旧・穂別町の北部を流れる川の名前です。JR 石勝線の「オサワ信号場」のあたりから南流して、道東道の「むかわ穂別 IC」の近くで穂別川に合流します。

ヌタポマナイ川が穂別川と合流するあたりは、このあたりでは珍しく山と山の間が少々離れていて、小さな盆地状の地形になっています。穂別川はこの先、穂別ダムのダム湖へと姿を変えてゆきます。

本題に戻りますが、ヌタポマナイ川は、おそらく nutap-oma-nay だと考えられます。nutap という単語の解釈は難しいのですが、「山下の川沿いの平地」だとするとしっくり来そうな感じです。「山下の川沿いの平地・そこに入る・沢川」といった意味になりますね。

この nutap の解釈は、知里さんの「地名アイヌ語小辞典」を参考にしていますが、「山下の川ぞいの平地」という解釈には【ナヨロ】との註がつけられています。一般的な解釈としては「川の湾曲内の土地」とされています。さて、ヌタポマナイ川の場合はどう解釈すべきなのでしょう……。

オロロップ

oro-rupne-i??
その中・大きくなる・もの
(?? = 典拠なし、類型あり)
国道 274 号は、「福山大橋」で鵡川を渡っているのですが、その「福山大橋」が存在するのが旧・穂別町の福山(現:穂別福山)集落です。福山集落の旧名は「居路夫」と書いて「オロロップ」と読ませていたのだとか……。

ちなみに、福山大橋のすぐ南側で鵡川に注ぐ小河川の名前は、現在でも「オロロップ沢川」のままです。難読であるなどの理由で消えゆくアイヌ語地名は少なくないですが、川の名前として残っているケースが多いのは嬉しい限りですね。

この「オロロップ」ですが、東西蝦夷山川地理取調図には「コロルフナイ」と記されています。ただ、「コ」と「ロ」の間が不自然に空いていることと、隣に「ヘンケヲロルフナイ」が存在することから、これはおそらく「ヲロルフナイ」が正しいのだろうと思わせます。

明治期の道庁 20 万図では「パンケオロロップナイ」とあるので、おそらくこの頃に「オロロップ」という名前が定着したのだと考えられそうです。

「ヲロルフナイ」あるいは「オロロップナイ」という音からは、oro-rup-nay と解釈できそうですね。「その中・魚群・沢川」と読み解けそうです。

2020/8/15 追記
「ヲロルフナイ」という音からは oro-rupne-i で「その中・大きくなる・もの」という解釈もできそうです。オロロップ沢川はこのあたりの支流の中では奥行きのある川ですが、そのことを指していた、とも考えられるかと……。

モトツ

metot??
深山幽谷
(?? = 典拠なし、類型あり)
国道 274 号は、旧・穂別町と占冠村の間を三つのトンネルで抜けているのですが、もっとも西側に位置するのが「モトツトンネル」です。

この「モトツトンネル」は、パンケモトツ沢川とペンケモトツ沢川の間をまっすぐ貫いています。明治期の道庁 20 万図では「パンケモトッ」と「ペンケモトッ」と記されていますが、より時代の古い東西蝦夷山川地理取調図には「モトツ」「ヘンケモトツ」と記されています。これらを総合すると、「モトツ」あるいは「モトッ」のどちらかだったと考えられそうですね。

ちなみに、motot は「背骨」という意味なのだそうですが、地名あるいは川名で「背骨」というのはあまり聞いたことがありません。

「背骨」ではなく「肋骨」を意味する ut であれば枚挙に遑が無いのですが……。

「モトツ」あるいは「モトッ」に近く、かつ意味も通じる単語は何だろう……という話になるのですが、metot である可能性があるかなぁ、と思います。metot は「山奥」あるいは「深山幽谷」という意味ですが、パンケモトツ川(東西蝦夷山川地理取調図で「モトツ」と記されていたほう)は標高差 300 m ほどの深い渓谷を流れています。なるほど、これは確かに metot と呼ぶに相応しい地形のように思えますね。

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