2014年8月3日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (200) 「串内・ルウオマンソラプチ川・オダッシュ山」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。記念すべき「第 200 回」ですが、特に何の趣向も無く淡々と進みます(やっぱりね)。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

串内(くしない)

南富良野町南東部の地名です。JR 石勝線に同名の信号所がありますね。

「──ナイ」というくらいですから川の名前だと思うのですが、どの川の名前なのかは良く分かりません。信号場の前には「トマム川」が、また「富良野広域串内牧場」のあたりには「ルウオマンソラプチ川」が流れています。

仮に kus-nay だとすると「通行する・川」となりますね。ただ kus の前に ru などがついている場合が殆どなので、いきなり kus から始まるのは少し違和感が残ります。kus の前に来るものが、省略できるほど自明のものだった……と考えるべきなのでしょうか。

東西蝦夷山川地理取調図を見ると、串内のあたりに「ルベシベノホリ」という山名が記されています。となると kus-nayru-kus-nay が前略されたのかも知れません。あくまで可能性のひとつですが……。

もう一つの考え方として、kut-nay で「崖・川」という解釈も可能かもしれません。串内信号場の前を流れている川は「トマム川」ですが、信号場のあたりはかなり切り立った崖状の地形であるように見て取れます。トマム川の旧名が「串内川」だったのであれば、kut-nay 説を推したいところです。

ルウオマンソラプチ川

南富良野町の南東部を流れる川の名前で、空知川の源流のひとつです。何となくアイヌ語と日本語がトゥギャザーな感じがしますが……(しません)。

2014/7/17 の記事、第47回「狩勝峠の想定ルートは三つあった」にも書きましたが、富良野から帯広に鉄道路線を敷設する際に、ルウオマンソラプチ川沿いのルートも可能性の高いルートのひとつとして検討されていたのでした。

検討の結果、現在の国道 38 号沿いのルート(狩勝峠)がベストであるとして、ルウオマンソラプチ川沿いのルートは棄却されたのですが、その後、国鉄根室本線の新狩勝トンネルが開通した際に、途中までルウオマンソラプチ川沿いを通るルートに変更されたほか、道東道の狩勝第2トンネルが当初の検討ルートに近いところを通っています。これらのことから、ルウオマンソラプチ川沿いは峠越えのルートとして有用であったことが窺い知れます。

前振りはこの辺にして、山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

ルー・オマン・ソラプチ「ru-oman-sorapchi 道が・(奥の方に)行っている・空知川(の支流)」の意。アイヌ時代から交通路になっていた川筋であったからの名であろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.73 より引用)

はい。前振りを裏付ける内容をありがとうございます(ぉぃ)。ルウオマンソラプチは ru-oman-sorapchi で、「道・山の方へ行く・空知川」と解釈できます。ルウオマンソラプチ川沿いのルートは、アイヌたちも「山越えのルート」として認識していたということになりますね。

オダッシュ山

南富良野町と新得町の境界にある山の名前です。道東道の狩勝第2トンネルはオダッシュ山の北側を通っています。どことなく日曜夜 7 時な感じの地名ですが(違います)、一体どんな意味なんでしょうか。

ありがたいことに、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」に記載がありました。

 オダッシュ
 佐幌岳のつづき千米級の南富良野町境の山の名。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.220 より引用)

ここまでは大丈夫そうですね。続きを見てみましょう。

オ・タッ・ウㇱ(川尻に樺皮の多い)か、オタソイという川と関係があるかどっちかと思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.220 より引用)

「どっちかと思う」という軽妙な語り口が光りますが(笑)、なるほど、これはありそうな感じですね。o-tat-us であれば「河口・樺の木の皮・多くある」ですし、ota-suy であれば「砂・穴」となります。

どちらも元々は川の名前だったと考えられますが、実際にオダッシュ山の麓から流れているのは「ペンケオタソイ川」なので、山の名前も「オタソイ」から来たと考えたいところです。

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