2014年9月13日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (211) 「鷲府・愛冠・カムイロキ山」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

鷲府(わしっぷ)

足寄の中心地から見て北側の、利別川西岸に位置する地名。近くに上ワシップ川と下ワシップ川が流れています。「わしっぷ」という音からは、has-pet で「灌木・川」あるいは「柴・川」といった解が想起されます。

明治期の地形図では、現在の「上ワシップ川」に相当する川が「ペンケオワシ」、「下ワシップ川」に相当する川が「パンケオワシ」とされています。これだと panke-o-has(-pet) で「川下の・河口・柴(・川)」と解釈できそうです。

ただ、更に時代を遡っていくと厄介なことになってまして……。「東西蝦夷山川地理取調図」を見ると、「パンケオワシ」「ペンケオワシ」のあったところに「ラワシユツ」「ヘンケラワシユツ」とあります。これを has-pet と解釈するのは少し無理がありそうな感じもします。確かに「ラ」が「ヲ」の誤記だとすれば解決しそうな感じもしますが、最後の「シユツ」にも違和感が残ります。

「ラワシユツ」を素直に読み解いてみると、raw-an-sut あたりでしょうか。raw-an は「螺湾」と同じく「底のところ・ある」かなぁ、と思います。sut は「根もと」あるいは「麓」なのですが、これだと意味が通るような通らないような……。raw-anrawne と同様に「深くある」と解釈してしまえば「深く・ある・麓」となり、これだと現実の地名にも即しているっぽい感じです。

「ラワシユツ」が「オワシ」に変化したのは、うーん、やっぱり「ラ」を「ヲ」と誤記した……のでしょうか。もっともこの説にも難点はあって、明治期の地形図にも「ヲワシ」ではなくて「オワシ」とあるのですよね。ただ、ちらっと眺めた限りでは、足寄のあたりでは「ヲ」の使用例が無いようにも見えるので、「ヲ」と「オ」の異同については不問に処してもいいのかも知れません。

愛冠(あいかっぷ)

鷲府から見て、利別川の対岸に位置した集落の名前です。かつて国鉄池北線(→北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線)に同名の駅もありました。ということなので、「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  愛 冠(あいかっぶ)
所在地(十勝国)足寄郡足寄町
開 駅 昭和27年3月25日 (客)
起 源 アイヌ語の「アイカップ・ピラ」(矢の届かぬがけ)から出たもので、猟に行くとき、がけに矢を射かけて運をためす風習があるが、ここはその矢が容易にがけに達しなかったところから、名づけられたといわれている。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.146 より引用)

はい。道内各所にある「アイカㇷ゚」系の地名ですね。aykap-pira で「できない・崖」となるのですが、何が「できなかった」のかと言えば、上記引用文にもあるように「運試しの矢が届かなかった」と理解すべきであるようです。

知里真志保の「地名アイヌ語小辞典」には、次のように記されています。

aykap あィカㇷ゚ ((完)) できない; できなくなる; とどかない; とどかなくなる。(対→askay)。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.12 より引用)

ここまでは良いですよね。もちろん続きがあります。

──この地名は方々にあり,けわしくて通りぬけられぬような岬をさして云っている。そういう岬の上には,古く神を祭る幣場があり,漁や狩或は戦争に出かけるさい,そこの神に祈って,そこの崖とか岩とかに矢を射て運勢を試す土俗があったらしい。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.12 より引用)

少々厄介なことに、アイヌ語で「矢」のことを ay と言います。ay が「矢」だから aykap が運試しになったのか、あるいは逆だったのかは良くわかりませんが、運試しとして矢を放つという風習は、広く各地で見られたようです。

その際,矢のとどかなかった所に「あィカㇷ゚」という名がつき, 多く戦争の際に矢がとどかなかったというような伝説がついている。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.12-13 より引用)

というわけでして、足寄町の「愛冠」も、そんな「アイカㇷ゚」系の地名だった、ということみたいですね。

カムイロキ山

現在の愛冠の集落から見て、南側に位置する山の名前です。前回の「追名牛」や今回の「愛冠」と同様に、これも祭事系の地名……でしょうか?

山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

カムイロキ山
 足寄市街の北にある独立山で,街道(国道 242 号線,陸別国道)はそのすぐ西裾を通っている。永田地名解は「カムイ・ロキ(神座)。熊の穴を掘り越年する処」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.300 より引用)

ん……? 永田地名解の「中川郡」「利別川筋」を確認したのですが、それっぽい記載は見当たらず……。「上川郡」「十勝川筋」に記載があったのですが、この「カムイロキ山」とは別の「カムイロキ」だった可能性もありそうですね。

これはカムイ・ロク・イ(kamui-rok-i 神様が・坐っていらっしゃる・処)の意。rok は a (坐る)の複数形。敬語として複数形が使われたと思われる。正確には e-rok といったのであろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.300 より引用)

ふむふむ。kamuy-(e-)rok-i で「神様・(そこに・)座している・ところ」なのですね。山田さんによると、この山はとても美しい三角山に見えるとのこと。「ここはたぶん足寄の人等が神霊のいます処として崇敬していた山なのであろう」と記されています。

ところで、永田地名解の話に戻るのですが、

十勝川上流にも同じカムイロキがある。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.300 より引用)

おや? ということは、永田地名解にあった「カムイロキ」が十勝川筋のものであることに山田さんは気づいていたのでしょうか? それにしてはちょっと白々しい書き方なので、やはり単純な勘違いだったような気もしますが……。

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