2014年9月15日月曜日

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イザベラ・バード「日本奥地紀行」を読む(第37回)

 


前回に引き続き、1878/6/10 付けの「第六信(続き)」(本来は「第九信(続き)」となる)を見ていきましょう。

栃木の宿屋

栗橋のあたりで利根川を越えた後、渡良瀬川の支流である「思川」を越えて、イザベラ一行は栃木(今の栃木市だと思います)にやってきました。

六時に栃木という大きな町に着いた。ここは以前に大名の城下町であった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.86 より引用)

Wikipedia で確認してみたのですが、栃木市に本拠を置いた藩が存在したのは 1842 年から 1871 年の僅か 30 年の間でした。五井(千葉県)の藩主だった有馬氏郁が吹上(栃木市)に移封されて「吹上藩」が成立したらしいのですが、1871 年に廃藩置県によって吹上藩は(他の藩と共に)廃されています。ですので「大名の城下町」という表現が適切かどうかは……少々疑問が残りますね。

多くの屋根は瓦葺きで、町は、私たちが今まで通過してきた町々よりも、どっしりして美しい姿をしていた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.86 より引用)

もっとも、「町が美しい姿をしていた」というのは間違いでは無かったようで、現在でもその町並みの美しさは高く評価されているみたいです。Wikipedia によると「小江戸、小京都、関東の倉敷などと呼ばれ、観光地としての人気も高い」とあります。小江戸や小京都はともかく、「関東の倉敷」というのはなんかちょっとびみょうな感じもするのですが……(汗)。

しかし、そんな素敵な「雰囲気のある町」に着いたはずなのに、またしてもイザベラの心は折れそうになります。ここまでの経緯を見ていると、なんか年中行事のような気もしてくるのですが……(汗)。

しかし、粕壁から栃木に来ると、事態はさらに悪化した。私は日本旅行をすっかりやめてしまおうと思った。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.86 より引用)

はい。今度は一体何があったのでしょうか。どうやら宿屋で割り当てられた部屋に問題があったようなのですが……

すでに六十人の客が着いていたので、私には部屋を選ぶこともできず、襖ではなく障子で四方が囲まれている部屋で満足しなければならなかった。徽臭い緑の蚊帳の下には私のベッドも、浴槽も、椅子を置く余地もやっとしかなかった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.86 より引用)

どうやら、今回の部屋はイザベラさんのお気に召さなかったようです。もっとも、ベッドとポータブル浴槽(!)と椅子を置けるだけの広さは辛うじてあったとも読み取れるので、少なくとも四畳半程度はあったんじゃないかな、と思ったりもしますが……。

ただ、イザベラさんがその程度のことでヘコむ訳は無いわけで……

障子は穴だらけで、しばしば、どの穴にも人間の眼があるのを見た。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.86 より引用)

はい。これももはや恒例ですね。当時の日本人にとって、アングロサクソンの女性というのは宇宙人と同じくらい珍奇な存在だったでしょうから、隣の部屋に泊まっている!と知ったならば、見境なく覗いてみたくなるのも理解できなくはありません。現代の道徳観念ではあり得ない話ですけどね。

実は、これでもかなり端折って引用しているのですが、イザベラの隣人への怨嗟はとどまることを知りません。ブチギレモードのイザベラさんは、ついにはこのような考えを持つに至ります。

キャンペル氏が言った通り、日本では、婦人の一人旅をしてはならない、と考え始めた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.87 より引用)

さて、ここでいかにも怪しげな伊藤少年の登場です。

伊藤は私の隣の部屋にいたが、盗難がきっとあるかもしれないから、私の持ち金をあずかりたい、と言った。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.87 より引用)

伊藤少年は、まるで詐欺師の常套句のようなことを口にして、イザベラの手持ちのお金を手元に置こうとします。その結果、どうなったかと言うと……

しかし彼は、夜のうちにそのお金を持ち逃げするようなことはしなかった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.87 より引用)

意外なことに、大金を持ち逃げする絶好の機会だったにも拘わらず、伊藤少年は忠実にイザベラのお金を守ったのでした。

イザベラは、夜の八時前にはベッドに横になり就寝を試みます。しかし、隣人達はそんなイザベラに構うこと無くどんちゃん騒ぎを展開します。

芸者《踊り、歌い、演奏する技芸をもつ職業的女性》たちは、歌に合わせて踊った。歌声の耳ざわりな不協和音は実に滑稽であった。話家は高い声で物語をうなり、私の部屋のすぐ傍で走りまわったり水を飛ばす音がいつまでもなくならなかった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.87 より引用)

芸者を呼んでどんちゃん騒ぎ、というのはまだ理解できるのですが(理解したくは無いですけどね)、「水を飛ばす音」というのは一体……?

夜おそく、私の部屋の危なっかしい障子が偶然に倒れ、浮かれ騒ぎの場面が眼前に展開した。たくさんの人々が温浴しており、お互いに湯を投げかけていた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.87 より引用)

……。もはやここまで来るとコントですね。それにしても、障子が外れて風呂が見えたというのは、一体どういう構造なんでしょうか。露天風呂だったんでしょうかね……?



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