2014年9月21日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (214) 「薫別・伏古丹・斗満」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

薫別(くんべつ)

足寄町大誉地(およち)の北東、利別川東岸の地名です(陸別町に所属)。かつては国鉄池北線(→北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線)の駅もありました。

では、例によって例の如く「北海道駅名の起源」から。

  薫 別(くんべつ)
所在地(十勝国)足寄郡陸別町
開 駅 昭和33 年9月10日 (客)
起 源 アイヌ語の「ポン・クンネ・ペッ」(小さい黒い川) が、「ポンクンベッ」川といわれて近くを流れており、この地方を「くんべつ」と称しているので、これに漢字を当てて「薫別」としたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.54 より引用)

ふーむ。取り敢えず、kunne-pet で「黒い・川」が語源である、として良いのかなぁ、と思います。

さて、折角なので「ポン・クンネ・ペッ」を探してみたいのですが、かつての「薫別駅」があったあたりの南側には「ペンケクンベツ川」が流れていて、その更に南側に「小黒川」という川があります。駅の北東には「薫別川」があるのですが、どれが「ポン・クンネ・ペッ」だったのでしょう。

山田秀三さんは、「北海道の地名」の中で次のように記していました。

 現在大誉地川と呼ばれている川は昔は別の川でクンペッといわれた川である。今,大誉地といわれている土地の中の大きい川なので,和人がつけた川名。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.302 より引用)

この記述からは、現在の「大誉地川」がかつての「クンペッ」だったと読み取れます。確かに明治期の地図をよーく見てみると、現在の「大誉地川」のところに「クンペッ」とあり、現在の「薫別川」のところには「オソウシナイ」と書いてあります。現在の薫別川は、以前は「オソウシナイ」だったようです。

一方、現在の「ペンケクンベツ川」のところには「ペンケクンペッ」と記してありました。この川名は明治の頃から変わっていないようですね。

ということで、「薫別川」と「ペンケクンベツ川」が「ポン・クンネ・ペッ」では無さそうだ、というところまでは調べることができました。消去法で考えるのは反則のような気もしますが、現在の「小黒川」がかつての「ポン・クンネ・ペッ」だった可能性がありそうな感じです(ポン・クンネ・ペッで「小さい・黒い・川」となりますからね)。

伏古丹(ふしこたん)

ルパン三世の生みの親であるモンキー・パンチさんは北海道生まれだそうですが、陸別よりももーっと東にある海沿いの町・浜中のご出身です。ルパン三世のラッピング列車なども走っているのですが、なかなか度肝を抜かれます。

さて伏古丹です(何なんだこの前フリは)。明確に由来を記した資料が手元に無いのですが、おそらく husko-kotan で「古い・村落」だったのではないかな、と思います(「コ」がひとつ消えてしまっていますが……)。

ちょっと不思議なのが、明治期の「北海道地形図」では、伏古丹のあたりに「ンタコリシア」と書いてあるように見えるのですね。これは右から書かれているので、現代風に書き直すと「アシリコタン」、即ち asir-kotan で「新しい・村落」という意味になります。

現在の husko-kotan の場所が明治期の asir-kotan なのであれば、僅か 100 年ほどで「新しい村落」が「古い村落」になってしまったことになります。いや、確かに百年経てば色々と古くなるのはわかるのですが、古くから面々と受け継がれてきた(と思う)地名にこのスパンを当てはめるのは、ちょっと違うんじゃないかなぁ……などと。

ちょっと不思議な、浦島太郎風の地名のご紹介でした。

(「北海道地形図(明治29年)」北海道立図書館 デジタルライブラリーより引用)

斗満(とまむ)

陸別町の西部から東に流れる川の名前で、「上斗満」「中斗満」「下斗満」「北斗満」「西斗満」「東斗満」などの地名があります。浦和も驚く充実のラインナップですが、肝心の「斗満」という地名だけが見当たらず、代わりに「苫務」という地名があるようです。

では、今回も山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

斗満 とまむ
 斗満川(流長28キロ)は利別川の西支流で,陸別市街の少し南の処で本川に注ぐ。川筋は斗満の地名で呼ばれる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.302 より引用)

「川筋は斗満の地名で呼ばれる」のですが、ところがどっこい、本家だけは「苫務」なのが不思議……としか言いようがありません。

永田地名解は「トマム tomam(やち)。赤色の水」と書いた。泥炭地(湿原)の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.302 より引用)

はい。占冠村の「トマム」と由来は全く同じですね。tomam で「湿地」と見ていいでしょう。

ところで、永田方正が記した「赤色の水」というのは少々引っかかります。確かに鉄分を多く含んだ谷地水(あるいは土壌)が赤く見えるケースはあるのですが、その場合は hure-pe (赤い・水)とするのが一般的です。

……と思ったら、山田さんが全く同じツッコミを入れておられました。

赤い水という意味の語ではない。そこを赤いやち水が流れているという風景を付記しただけなのである。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.302 より引用)

はい。まさにそういうことなのでしょうね。

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