2014年9月22日月曜日

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第89回「鉄道記念碑・計呂地駅の沿革」

 


開拓百年記念碑

旧・国鉄湧網線の計呂地駅跡にある「計呂地交通公園」の話題に戻ります。


駅名標の後ろをよーく見ると、「開拓百年記念碑」なる石碑が見えますね。


道内では、「開基百年──」というモニュメントは良く目にするのですが、「開拓百年──」というのはあまり目にしないような気がします。意味するところはそんなに変わらないのだと思いますが、どうしてなのでしょうね。

スロープのようなもの

さて、ホームの南側、C58 から見て謎な高さの「跨線橋のようなもの」の向かい側には……巨大な岩が置かれています。


このアングルだとわかりやすいのですが、もともとは「跨線橋のようなもの」なんかは存在しなくて、踏切+スロープでホームに上がる構造だったのでしょうね。巨石……いや巨岩は、スロープを上がったところに鎮座しています。

鉄道記念碑

この岩は、何とも変わった構造の石碑みたいです。見ての通りですが、前面と側面に碑文が埋め込まれています(どっちが前面なのか良くわかりませんが)。


「鉄 道 記 念 碑」と題された石碑のようで、「湧網線開通までの経過」が記されています。


これでもそれなりに読み取ることができそうですが、念のために拡大したものも載せておきますね。なるほど、昭和初期に工事が開始され、中湧別から計呂地までは昭和 10 年 10 月に開通したということですね。当時は計呂地が終点駅で、中佐呂間駅(後の佐呂間駅)まで延伸されたのは翌昭和 11 年のことでした。


ただ、中佐呂間への延伸については全く触れられていませんね。「計呂地駅開業までの経過」であればある意味正しいのですが、ちょっと不思議な感じです。

計呂地駅の沿革

側面……だと思う……にも、碑文が埋め込まれています。


こちらは「計呂地駅の沿革」とありますね。主に、計呂地駅が開業してからの歩みが記されています。なるほど、中佐呂間(後の佐呂間駅)までの延伸などについては、こちらにまとめられているのですね。歴代の駅長の名前が刻まれているのが興味深いです。


駅の南側には、腕木式信号機とポイントが残されていました。まるで今でも線路が続いているように見えますね。



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