2014年11月22日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (231) 「網走」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

網走(あばしり)

言わずと知れたオホーツク海沿岸の街の名前ですが、ここほど由来が諸説飛び交う街も珍しいような……。

では、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  網 走(あばしり)
所在地 網走市
開 駅 大正元年10月5日 (客)
起 源 アイヌ語の「ア・パ・シリ」(われらが見つけた土地)から出たとも、「アパ・シリ」(入口の土地)から出たものともいわれるが、港の入口に俗にいう帽子岩があり、「カムイ・ワタラ」(神岩)と呼ばれていたが、「チパ・シリ」(ぬさ場のある島)ともよばれており、これがなまったのであろうというのが、近年の解釈である。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.215 より引用)

「ア・パ・シリ」で「われらが見つけた土地」というのは、「パ」の部分が良くわからないですね。a は「われらの」あるいは「われらが」と言った意味の雅語で、sir は「土地」や「大地」と言った意味の言葉です。

apa-sir は確かに「入口・土地」となりますね。apa という単語はあまり地名で目にすることは無いのですが、皆無というわけでもありません。網走の地形を考えるに、網走湖から海に抜ける網走川の両端に山が迫っているため、これを「入口」と捉えたのも、ありそうな感じがしますね。

永田方正の「北海道蝦夷語地名解」には、次のようにあります。

Apashiri  アパシリ  見付ケタル岩 元名「チパシリ」ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.475 より引用)

そして、すぐ次に「チパシリ」の項を記しました。

Chipashiri  チパシリ  我等ガ見付タル岩 昔シアバシリ沼ノ岸ニ白キ立岩アリ笠ヲ蒙ブリテ立チタル「アイヌ」ノ如シ「アイヌ」等之ヲ發見シテ「チバシリ」ト名ケテ神崇シ木弊ヲ立ツ後チ「アバシリ」ト改稱スト云フ此ノ白石崩壊シテ今ハ無シ名義国郡ノ部ニ詳ニス参照スベシ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.475 より引用)

えーと……。網走湖の岸に、アイヌが笠を被って立っているように見える白い岩があって、それを「チパシリ」と読んだのが始まりだ、という説のようですね。

ちなみに、まだ続きがありまして……

或云フ此ノ岩神自ラ「チパシリ」「チパシリ」ト歌ヒテ舞ヒタリ故ニ地ニ名クト或ハ云フ一鳥アリ「チパシリ」「チパシリ」ト鳴キテ飛ブを以テ地ニ名クト「アイヌ」口碑相傳フル處大同小異アリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.475 より引用)

あははは(笑)。網走湖の立岩が「チパシリ」「チパシリ」と歌ったから、あるいは「チパシリ」と鳴く鳥がいたから「チパシリ」という名前になった、という説ですね。この解釈は実に画期的です(笑)。

「わりと感じのいい,たのしい本」では

知里真志保さんは、名著「アイヌ語入門」にて、このような地名俗解を痛烈に批判していました。

 しかし,「シペッ」とか,「チパイ」とか,「ト゚ピウ」とか,「チパシリ! チパシリ!」とか,まるで蝦夷語地名解を書く人のために鳴いているような鳥が,はたして実在したかどうか,すこぶる怪しく思われるのである。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.22 より引用)

うはははは(笑)。更に知里さんは、意味のわからない地名があって、その意味を問われたときにどう切り返すか、として……

その一つは,「むかし,そこの所にそういう形の岩があったからそういう名がついたのだ」とか,「そこの崖にそういう形の文様がついていたのでそう名づけられたのだ」とか云って体をかわすことである。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.22 より引用)

確かに、どこかで見たような話の流れですね。

しかし, この際ゼッタイ忘れてならないことが一つある。さきに,チパシリの語原説の中にもあったように,「但シ,コノ岩,崩壊シテ今ハナシ」というような但し書をつけておいて,あらかじめ証拠の方は隠滅しておくのである。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.23 より引用)

うゎははははは(笑)。確かに、永田地名解に「崩壊シテ今ハ無シ」という註記がありましたね(笑)。

しかも、まだ続きがあります。

もう一つのテは,分らない地名があったときは,それが短いものだったら,上記の 諸例にならって,鳥の鳴声にしてしまうことである。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.23 より引用)

ふむ。これまたどこかで見たような話ですが……

“先生にうかがいますが,サッポロの語原はなんですか?” “アア,それですか? それは,むかし神様が鳥になってこの地の上空をサッポロ! サッポロ! と鳴きながら飛んだので,そういう名がついたのです。トカチのアイヌの老人も,キタミのピホロの老人も,ハルトリの‘アイヌの古老’も,そう云ったのだからゼッタイまちがいはありません!”
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.23 より引用)

知里さんは、無類の地名好きで、またアイヌ語の体系立てた解析に一生を捧げたような方ですから、このような安直な地名俗解が蔓延っていた状況に辟易していたのでしょうね。それにしても、こういった安直な地名俗解を徹底的にこき下ろして、コントにしてしまうあたりは流石です(笑)。

閑話休題

「崩壊して今は無い」という立岩が「チパシリ! チパシリ!」と歌い舞ったという説の是非はとりあえず論外として、知里さん自身が「網走」という地名の原型をどのように捉えていたのかを見ておきましょう。

 しかし,「チパ」は「イナウサン」の古語で,「シリ」は「島」の意であるから,「チパ・シリ」(幣場・島,幣場のある島)の意に解すべきもので,もともと網走川の川口に近い海中にある帽子岩に附いた名称である。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.283 より引用)

ちょっと長いですが、続きも引用しておきます。

この岩は,古く「カムイ・ワタラ」(神・岩)と云われ,漁民たるアイヌの非常に崇拝する沖の神の幣場のあった所である。アイヌは此処を非常に大切にして,アザラシ狩に出る時は必ずここに木幣を立て,祈り,そこに立てた木幣が倒れているのを見た場合は不吉だとして出漁を見合わせて戻った。漁季に初めてアザラシを捕った時は,ここでイヨマンテ(魂送りの儀式)をとり行った。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.283-284 より引用)

単純な音韻変化とは考えづらい、「チパシリ」が「アバシリ」に変化した理由については、次のような説明がなされています。

この岩が古くは「チパ・シリ」(幣場の島)と呼ばれたのであるが,「チパシリ」が古語であるために,「幣場のある島」という意味が次第に後のアイヌに理解されなくなるに及んで,新らしく「チ・パ・シリ」(我等が・発見した・土地)というような解釈が生じ,更に「チ」(我等)も雅語であるからそれを同意義の口語形「ア」に代えて,「ア・パ・シリ」(我等が・発見した・土地)とするに至り
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.283-284 より引用)

ふーむ。確かに「『チパシリ!チパシリ!』と鳴く鳥がいた」という説よりは格段に説得力がありますね。

さて、この網走「チパシリ」由来説について、山田秀三さんがどう考えていたか、ですが……

 和人側の記録は,津軽一統志狄在所の名では「はヽ志り村」(推定 1670 年調査),元禄郷帳では「はヾしり」であり,私の手許の民間のごく古い地図(山城屋安右衛門所持)も「ハヽシリ」である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.208 より引用)

うーん、これを見ると江戸時代の時点で既に「チパシリ」では無いような感じもしますね。

明治の永田氏はチパシリが元来の名だとする伝承を書いたが,和人記録では 300 年前から網走は「ハハシリ」「ハバシリ」で,今の網走に近い形で残っていた。この点もゆっくり考えて行きたい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.208 より引用)

ということで、山田さんは「要検討」と見ていたようです。

今更ながら「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみますと、網走湖からオホーツク海に向かって流れる網走川の網走湖側に「チハシリ」という文字が見えます。ところが、その網走湖のオホーツク海側(前述の「帽子岩」のあるあたりと考えられます)には「アハシリ」と記されています。となると、「『チパシリ』が『網走』に変化した」と考えるよりも、素直に「『チパシリ』と『アハシリ』は別物だった」と考えた方が良さそうな感じもします。

「じゃあ『アバシリ』はどういう意味なんだよ?」と突っ込まれそうなのですが、最初に紹介した apa-sir で「入口・土地」という解釈で良いのではないでしょうか。ちょうど網走駅のあるあたりが、海側から見て網走湖方面に入るためのドアのように見えると思いますので。

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