2015年4月11日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (241) 「居麻布川・陸志別・茶志別」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

居麻布川(おるまっぷ──)

植別川を渡って羅臼町に入ったところ、植別川と陸志別川の間を流れる短い川の名前です。短い川なので、その由来も詳らかではありません。

ただ、永田地名解に面白い記述を見つけました。

Rikop oma nai  リコㇷ゚ オマ ナイ  星川
往古川口ニ星落チテ石トナリ暗夜ニ明光ヲ放チタリト云フ「リコフ」ハ星ノ義ナリ松浦地圖「ヨコマプ」ニ作ル同氏日誌ニ云フ本名「ヨオロマプ」ノ由何方ヨリモ此處ヘ來ラザレバ見エズト云フ義ナリトアルハ最モ誤ル
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.384 より引用)

永田地名解が「本名『ヨオロマプ』ノ由」としているのが、現在の「居麻布」の語源のような感じがしますね。ちなみに「リコㇷ゚オマナイ」は rikun-p-oma-nay あたりでしょうか。これだと「高いところにある・もの・そこにある・川」となります。過去に隕石が落下したことがあったのかも知れません。

さて「居麻布」ですが、東西蝦夷山川地理取調図にも「ヨヲロマフ」と記されています。他に手持ちのネタが無いので、この読みから語源を推定するほか無さそうな感じなのですが、そうですね……。iwor-oma-p で「狩猟地・そこにある・もの(川)」あたりでしょうか(「イ」が「ヨ」に転訛したことが前提になってしまいますが)。

陸志別(りくりべつ)

陸志別川の河口のあたりは、現在は「峯浜町」という地名ですが、古くは「陸志別」という地名でした。「陸志別」という名前は現在も川名や橋名に健在です。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されています。

永田地名解は「ルクシペッ。山越。古へ斜里郡へ山越したる路なり」と書いた。ル・クシ・ペッ(ru-kush-pet 道が・通る・川)の意。この川は上流に鉱床があるのか,川石が真っ赤であるので間違えることがない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.230 より引用)

ふむ。この地名はあまり迷う余地が無さそうな感じですね。ru-kus-pet で「道・通行する・川」だと見て良さそうでしょう。

ちなみに、これも山田秀三さんが指摘していたことなのですが、羅臼町峯浜から西に向かって知床の山を越えたところに「斜里町峰浜」の集落があります(どちらも「みねはま」)。これは偶然の一致なのでしょうが、羅臼と斜里には他にも似た例があるので興味深いところです。

茶志別(ちゃしべつ)

陸志別(羅臼町峯浜)から 3 km ほど北に進んだところを流れている川の名前で、かつては同名の集落もありました。茶志別川は海抜 4~50 m ほどの台地を深くえぐって海に注いでいるのですが、国道は台地の上に橋を渡しているので、ちょっとした絶景と言えなくもないところです。

別の言い方をすれば、茶志別川の南北は「天然の要害」とも言えそうな地形となっています。……前振りはこの辺にしておきましょうか(汗)。

永田地名解によると、「茶志別」は chas-pet で「早川」であるとのこと。ふむ、確かに「走る・川」という意味になりますね。……てっきり地形から chasi(-us)-pet で「砦(・ある)・川」だと思ったのですが……なんとも言えないですね(チャシ説も完全に間違いであるとは言い切れないと思います)。

ちなみに、東西蝦夷山川地理取調図には「チャシウシヘツ」とあるので、どこかのタイミングで -us が中略されたと考えられそうです。ただ、chas-us-pet でも chasi-us-pet でも文法的に破綻するわけでは無いので、判断の足しにはなりそうにない感じです。

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