2015年6月27日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (261) 「阿歴内・別保・オビラシケ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

阿歴内(あれきない)

川上郡標茶町南部の地名で、近くを流れる「アレキナイ川」は塘路湖に注いでいます。支流に「モアレキナイ川」もあるので、アイヌ語由来と考えてまず間違いないでしょう。

松浦武四郎「戊午日誌」には、次のようにあります。

東の方に廻りて
    アルキナイ
是沼の第一番奥に成るよし也。川巾五六間、一名トウイトコと云。其儀沼の源と云儀にて、此川すじの事をまた聞に、両岸蘆荻原湿沢にして、其上に大木多く、また此辺え来るや椴も多しと。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.490 より引用)

確かに塘路湖に注ぐ川の中では、「アレキナイ川」と「オモシロンベツ川」が双璧をなします。アレキナイ川が別名「湖の水源」と呼ばれたのも理解できますが、肝心の「アレキナイ」の意味が良くわかりませんね。

では、続いては弟子屈のご出身である更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」から。

 阿歴内(あれきない)
 塘路湖の沼上に出ている川の名で、この川の流域の部落名になっている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.253 より引用)

はい。ここまでは良いですね。一体どんな意味なんでしょうか。期待が膨らみます。

アイヌ語の意味は明らかでない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.253 より引用)

さすが更科さん……(汗)。

では、気を取り直して。山田秀三さんは、旧著「北海道の川の名」で、次のように記していました。

 旧記、旧図ではいずれもアキナイで今でも土地の人はその音で覚えている。阿歴内の字を当てたので、それにひきつけられてアキナイになってしまったのであろう。ただし、その意味についての記録は見たことがなく、またアイヌ系の人々に聞いても分らなくなっている。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.105 より引用)※ 強調は原著者による

確かに松浦武四郎の「アルキナイ」と記していますし、もともとは「アルキナイ」だった可能性がありそうな感じですね。

アルキに当りそうなアイヌ語は、アルキ「arki 来る(複数形)」、アルケ「arke 片一方の、向う側の」、ハルキ「harki 左の。─この地方は初めの h を落すくせあり」などであろうか。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.105 より引用)

ふーむ。arke-nay で「片一方の・川」だと地名っぽい感じがしますね。

 交通路なので、来る(アルキ)沢かも知れない。また尾幌川筋から見れば、アルケ(向側)の沢かも知れない。しかし松浦日誌を読むとアルキ・ナイ(左・川)かとの印象が強い。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.105 より引用)

アレキナイ川を塘路湖から遡ると、途中で支流の「モアレキナイ川」と合流しているのですが、アイヌの流儀(河口から遡って左右を判断する)で言えば本流のアレキナイ川(シアレキナイ川)は左側の川なのですね。

ただ、この理屈だと支流が「モアレキナイ川」(小さな・左・川?)となるのが少々おかしな感じがします。山田さんも当然この点は気にしていたようで、以下のようなフォローを入れていました。

 もともとは、本流がアルキ・ナイ(左・川)で、モアルキナイといわれる方がシモン・ナイ(右・川)だったのではなかろうか。ところがそのアルキナイの方が、交通路に使われるなどで有名になり、それが全体の称となったのではなかったろうか。これが、この難解な川名についての一案である。(左右は、上流の方に向っていう。)
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.105 より引用)

まぁ、もともとの意味が忘れられた後であれば、こういった誤謬もありそうな感じはしますね。もっとも、日常生活で「右」「左」という単語の意味が忘れられるのも不思議な感じではあるのですが。

また、「北海道の地名」には次のようにありました。

釧路の佐藤直太郎氏(故)は仕掛け弓を置いた沢かといわれた。(chi-)are-ku「(我ら・)置く・弓」と読まれたものか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.270-271 より引用)

興味深い解ですが、少々厳しそうな感じもしますね。また、鶴居村下雪裡に住んでいた八重九郎翁は、山田秀三さんからの質問に対して次のように答えたのだそうです。

塘路の阿歴内川って何のことかと聞いたら、さあ何ですか、ある人は、谷地だったので「歩けない」だって云ってましたよ。そこで二人は顔を見合せて笑い出した。
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.310 より引用)

案外、これが真相に一番近いのかも知れません(それは無い)。

別保(べっぽ)

別保川は釧路川の支流で、別保川に沿って国道 44 号線と JR 根室本線が走っています。別保には駅もあり、駅前には釧路町役場もあります。

まずは「戊午日誌」を見てみましょうか。

又左りの方
     ヘツホウ
小川有、是川の倅と云儀也。ヘツは川、ホウは子供と云儀也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.514 より引用)

ふーむ。これはわかりやすいですね。pet-po で「川っ子」という意味ですね(po は指小辞)。札幌市内の「苗穂」は nay-po で同じく「川っ子」なのですが、pet と nay が違うだけで、兄弟のような地名だと言えそうですね。

ただ、山田秀三さんは次のような疑問を呈していました。

 この川は相当な川なので少々変であるが,大きい釧路川本流と比較してこんな名で呼んだのであろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.267 より引用)

確かにごもっともなのですが、この疑問に対して更科源蔵さんは答えを出していたようでした。あ、今回は「アイヌ語の意味は明らかではない」ではないので大丈夫です(汗)。

アイヌ語ペッ・ポは川の子供の意。魚族が少なくあまり役にたたない川の意である。湿原の川で魚がのぼらなかったからである。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.266 より引用)

あー、poropon を「役に立つ」「役に立たない」と考える、更科さん風解釈だと確かに意味が通じますね。つまり、更科さん風に「別保」の意味を解すると、「役立たず川」ということになりそうです(汗)。

オビラシケ川

釧路川の東側を南流して、別保のあたりで別保川に注ぐ支流の名前です。今回は久々に「角川──」(略──)を見てみましょう。

 おびらしけ オビラシケ <釧路町>
〔近代〕大正14年頃~現在の行政字名。はじめ釧路村,昭和55年からは釧路町の行政字。もとは釧路村字別保の一部かと思われるが不明。地名はアイヌ語のオビラウシ(川尻に崖のあるところの意)に由来する。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.321 より引用)

はい。現地の「川の名の由来」看板にも「オ・ピラ・ウシ」説が書いてありました。確かに o-pira-us-i であれば「川尻・崖・ある・もの」と解釈することができますね。

ただ、ちょっと難癖をつけるなら、「ウシ」が「シケ」に化けるというのがやや引っかかるのです。そう考えると、あるいは o-pira-kes で「川尻・崖・末端」だったのが音韻転倒して「オビラシケ」になった、なんて可能性も考えられそうな気がします。pira-kes であれば「平岸」と同じということになりますね。

あるいは、更に考えを膨らませてみると、そのまま o-piraske(-pet) で「川尻・広がる(・川)」とも考えられるかも知れません。piraske とは滅多に聞かない単語ですが、現地の地形を見ると別保川に合流するところだけ妙に開けているのですね。どの解も実際の地形とマッチしそうな感じがしていますが、あくまで試案の一つということで……。

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