2015年6月28日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (262) 「オタクパウシ・ルークシュポール・チョロベツ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オタクパウシ

釧路町東部にある地名です。少し離れたところですが、意外と問い合わせ?が多い地名なので、取り上げてみることにしました。

オタクパウシは釧路町の仙鳳趾、あるいは重蘭窮の西隣に位置するのですが、内陸部のため旧記に取り上げられることは少なかったようです。ただ、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲタコハウシ」と言う名前で記録されています。

マイナーな地名なので、他に典拠を探すのを半ば諦めかけていたのですが、なんと「永田地名解」にバッチリ掲載されていたことに気が付きました。

O-takutpa ushi  オタクッパ ウㇱ  丸山「タクッパ」ハ「ヤチ」草ノ名取テ丸山ノ義ニ用フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.358 より引用)

「オタクパウシ」だけでも十分面白い(何が?)のに、今度は「オタクッパウシ」ですか……(笑)。「丸山」という解は少々意味不明ですが、o-takuppa-us-i で「そこに・谷地坊主・多くある・ところ(川)」だと考えられます。

知里さんの「──植物編」にも、次のようにあります。

takuppa 《屈斜路》ヤチボォズ。『北海道蝦夷語地名解』第四版 p. 358 に「タクッパ」わヤチ草の名とある。<takuppa-mun(次項)の略。
takuppa-mun 《屈斜路》ヤチボォズ。<takuppa(株)mun(草)。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 植物編』」平凡社 p.285 より引用)

若干循環参照気味ですが、takuppa は「谷地坊主」を指す単語だったようです。「谷地坊主」の正体はスゲ属の草で、Wikipedia には次のようにあります。

湿原では、スゲ類が優占する草原になることがある。北海道など寒冷地の湿原では、スゲ類の大株が湿地のあちこちにかたまりを作り、盛り上がって見えるのを谷地坊主(やちぼうず)と呼ぶ。
(Wikipedia 日本語版「スゲ属」より引用)。

草が固まって「株」状となり、冬場の土壌の凍結と春の雪解け水による土壌の侵食の繰り返しでお坊さんの頭のような形にまとまって見えることから「谷地坊主」と呼ばれるようになったのだとか。「オタク」も「クッパ」も関係なかったということですね(そうですね)。

ルークシュポール

トルコのトラブゾンという町にに「トラブゾンスポル」というサッカーチームがあります。トルコのサッカーチームといえばガラタサライ・フェネルバフチェ・ベジクタシュが 3 強と言われていますが、トラブゾンスポルは 3 強に次ぐチームとして知られています。ただ、ルークシュポールとは何の関係もありません(だったら書くな)。

さて、ルークシュポールはトラブゾンではなく厚岸町にある地名で、同名の川も流れています。ルークシュポール川と支流のポンルークシュポール川があるのですが、地名としての字ルークシュポールは支流のポンルークシュポール川沿いにあるようです。さぁ、そろそろ「ルークシュポール」という文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうですね。

地名愛好家の中ではちょいと名が知れている筈なのですが、意外なことに各種地名解や解説本には記載がありません。唯一見つかったのが「北海道地名誌」のこの記載です。

 ポンルークシュポール 厚岸町尾幌に出るポンノ沢上流の畑作酪農地区。小路の通る洞窟と解されるが不明。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.670 より引用)

ふむふむ。pon-ru-kus-poru と解釈したのですね。この「ルークシュポール」、実はなぜか Wikipedia に記事がありまして……

名称の由来
北海道の地名は、その由来をアイヌの言葉に持つものが大変多いが、ルークシュポールもやはりアイヌ語に由来する。地名の由来は知里真志保によればrukusiが通路(ru=道、kus=通行する、i=~する所)、poruが岩窟の意。近隣にはポンルークシュポールという地もある。ponは小さいの意。
(Wikipedia 日本語版「ルークシュポール」より引用)

文中には「知里真志保によれば」とあるのですが、残念ながら典拠が示されていません(手元の著作をちらっと見た限りでは、ルークシュポールについて触れられたものは見つけられませんでした)。やはり、「ルークシュポール」を逐語的に解釈して、ru-kus-poru で「道・通る・洞窟」としているようですね。

ただ、poru(洞窟)の存在は伝承されておらず、否定的な見解もあるようです(http://blogs.yahoo.co.jp/kusuri0065/3450343.html など)。そのため、「ポール」を par(口)と解釈して「道・通る・口」とする説を唱えた方もいらっしゃったようです。どうにもこの「ポール」の存在が地名解を行う上で障壁となっていたのでした。

「ルークシュポール」は旧記には記載が無い……と思っていたのですが、実は「東西蝦夷山川地理取調図」に「ルウクシウホロ」という名前で(川の名前として)記されています。これを素直に読み解けば「ルウ・クシ・ウホロ」となります。これでピンと来たのですが、ru-kus-{o-poro(-pet)} で「道・通る・尾幌(川)」となります。

ルークシュポール川は尾幌川の支流ですが、昆布森(釧路町)から尾幌に向かうには尾幌川経由よりもルークシュポール川経由のほうが距離が短いのですね。道内には ru-kus-{nup-sam}(信砂)や mata-ru-kus-{kene-puchi}(剣淵)あるいは ru-kus-{charo}(茶路)といった地名がありますが、それと同型の地名だったのでは無いでしょうか。

チョロベツ川

ルークシュポール川を遡っていくと、ちょうど分水嶺の上を国道 44 号が通っているのですが、分水嶺の向う側にチョロベツ川(の支流)が流れています。チョロベツ川は釧路町昆布森に注ぐ独立河川です。

山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」には、次のように記載がありました。

 釧路と厚岸の間の海岸にある小流の名。元録郷帳以下の旧記、旧図にその名が見えるので、相当古くからコタン(部落) があったのだろう。ただし、その名の意味の方は、松浦日誌にも永田地名解にも見えない。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.111 より引用)

はい。続きを見てみましょう。

 釧路の佐藤直太郎翁も、アイヌでこの名を解するのを聞かない。土地の者の話では、あの川でアツシを漂したことがあるという、との事であった。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.111 より引用)

ふむふむ。「アツシ」は「厚司」とも書かれますが、オヒョウ(楡)の樹皮をうるかして(水に漬けて)、うるかした樹皮から紡いだ糸で織られた着物のことです。

さて、昆布森のあたりの地図を見てみると、昆布森トンネルの西側に「アチョロベツ橋」という橋があることがわかります。どうやらこの橋で越えている川の名前が「アチョロベツ川」と言うのだそうです。

チョロベツの一本西の川のアチョロベツは、永田地名解に At-ioro-pet「楡皮を浸す川」とあるが、少し不明確である。At-e-horo-pet「楡皮を・そこで・漬ける・川」か、At-chi-horo-pet「楡皮を・我ら・漬ける・川で」あったろう。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.111 より引用)

なるほどー。そして「チョロベツ」の意味ですが……

 チョロベツは、その At を省略した、Chi-horo-pet「我ら・漬ける・川」ではなかろうか(これはほんとうの一試案にすぎない)。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.111 より引用)

ふむふむ。chi-horo-pet で「我ら・うるかす・川」なのですね。

というわけで、「チョロベツ川」の地名解については異論はないのですが、ちょっとだけ不思議なのは隣の小河川である「アチョロベツ川」が「楡皮・我ら・うるかす・川」で、アチョロベツ川とは比べ物にならないくらい長大な「チョロベツ川」が「その At を省略した」とするところです。

これなんですが、もともと「チョロベツ川」という川があって、その隣に「もう一つのチョロベツ川」があった、と考えたほうが自然な感じがします。つまり、at-chi-woro-petat を「楡皮」と解釈するのではなく、「もうひとつの」を意味する ar の音韻変化と捉えたほうが自然なのではないかと。at-chi-woro-pet で「もう一方の・我ら・うるかす・川」となりますので。

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