2015年9月6日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (280) 「阿寒」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

阿寒(あかん)

何を今更……という感じのするメジャーな地名の登場です。メジャーな地名なのでほうぼうで言及されているのですが、メジャーな地名の例に漏れずその由来には「定説」と呼べるものが無さそうな雰囲気も見て取れます。

まずは山田秀三さんの「北海道の地名」から見てみましょうか。

 松浦氏郡名建議書は「アカンは車の如き事。アカン山雄山雌山車の両輪の如く並び聳えるが故号るよし也」と書いた。アカム(akam 車輪)と解したもので,アイヌから聞いた話らしい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.278 より引用)

ふむふむ。尤もらしい解が付記されていますが、他に類を見ない解なので、ちょっと慎重に考えたいですね。

 永田地名解は「元名ラカンペッ rakan-pet。うぐひ魚の産卵川の義。後世アカンと云ふ」と書いた。ラカンはうぐいの産卵する穴(ほり)の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.278 より引用)

どことなく精神分析に関する嫌悪感が感じられますが(違います)、これについてはいくつか疑問を呈する声があったようです。

釧路の佐藤直太郎氏(故)は,釧路川川口近くに小沼があって,幣舞橋の下手にその川口があり,そこがラカン・ブトだった。永田氏はそれと阿寒太とを混同したのではなかったろうか,といわれた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.278 より引用)

これを見た限りでは永田方正翁の凡ミスにしか見えないのですが、一方でこんな見方もあります。

阿寒の地名は旧阿寒川が釧路川に合するところを、ラカンプト(うぐいの産卵場の川口)と呼んだところから、和人がラカン川と呼びアカン川になったもので、この地方の古老達は、阿寒川をアカン・ペッとは呼ばず、シ・ペッ(大川)と呼んでいた。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.263 より引用)

あっ(!)。現在の阿寒川は大楽毛のあたりで直接海に注いでいますが、昔はそうでは無かった可能性があるのですね。あわてて「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、確かに「ヘツボフト」(=別保川河口)の上流に「アカンブト」の文字があります。阿寒川が直接海に注ぐようになったのは近代以降のことで、それまでは釧路湿原の南側を東流していた……ということだったのですね。

「北海道の地名」によると、「ラカンブト」があったとされるのが「幣舞橋の下流」で、「アカンブト」は現在「釧路町運動公園」があるあたり(旧雪裡川と釧路川の合流点?)でしょうか。なるほど、これだと混同してしまったのも理解できます。

「阿寒」の解には他にも説があり、中にはこんなものもありました。

 佐藤直太郎氏は,釧路アイヌ間の伝承として「アカンには動かないという意味があり,昔の大地震の時にも雄阿寒岳が動かなかったのでアカンの称が残り,それがこの地一帯の地名となった」という説を話された。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.278 より引用)

「北海道の地名」の原本とも言える「北海道の川の名」では、もう少し詳しく記載されていました。

山本氏が、古老なん人かから聞いたという説は、アカンは「動かない」という意である。昔大地震があり、付近の山河が大きく変化したが、今の雄阿寒岳(註。死火山)だけは動かなかった。それでアカン・ウン・ピンネヌプリ(不動・の・男山) と呼ぱれ、そのアカンが後にその辺一帯の名になった、ということである。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.112 より引用)

この「山本氏」は「山本多助翁」のことです(文中では「山本太助老」とありますが、誤字だと思われます)。こういった地名伝承には荒唐無稽なものも多いのですが、このあたりは火山性の地形が多く、また摩周湖には「屈斜路湖から投げた槍が摩周湖(のところにあった山)に刺さって、怒った摩周湖(の山)は国後に飛んでいって爺爺岳になった」という伝説もあったりするくらいなので、「動かない山」が特記事項になる必然性も理解できそうな気がするのです。

ただ問題は「アカン」に「動かない」という意味を見出せないところです。a-an あるいは ku-an で「私が・座る」と解釈できるようなので、a ku-an だと「私が超座る」くらいの意味になったりしないでしょうか(ぉぃ)。

ちなみに akam だと「ゴッコ」(ホテイウオ)を意味する場合があるそうです。ただ、ゴッコは海の魚ですし、ちょっと違うかなぁ、と思ったりもします。

また、吉田東伍の「大日本地名辞書」には、次のようにありました。

○バチェラー氏曰、アカンペツは、作られたる川の義なり。此河底は、火山噴火後に、形成せられたりと称せられる。
(吉田東伍・編「大日本地名辞書 第八巻」冨山房 p.311 より引用)

さすがは安定のバチェラー氏ですね。相変わらずさっぱり訳がわかりません(汗)。

というわけで、先人の研究を散々引用してきましたが、結論から言えば「良くわからない」というオチとなります。これで実は wakka-an で「水・ある」が由来だったりしたら目も当てられないのですが、事の真相は神の味噌汁ということで。

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