2015年10月18日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (290) 「ケトナイ川・無加川・温根湯」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ケトナイ川

ket-un-nay
獣皮を張って乾かす枠・ある・沢
(典拠あり、類型あり)
訓子府町南部から北東に流れる川の名前です。ケトナイ川の支流に「ポンケトナイ川」もありますが、ケトナイ川と規模的には大差ない川であるようにも思えます。

東西蝦夷山川地理取調図には「ケトナイ」とあり、また、戊午日誌にも次のようにあります。

またしばし過て
     ケトナイ
左の方小川有。昔より此処にも鹿多きよし。土人等山猟に来り、此処え鹿の股(皮)を干置し処、大風吹来りて皆昔股を此川え吹込(ふきこまれ)しと、よって号るよし也。ケトとは鹿の股(皮)の事なりと云伝ふ也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.196 より引用)
「ケトナイ」であることは間違い無さそうですが、解がちょっと良くわからないことになってますね。ket は、一般的には「獣皮を張って乾かす枠」あるいは「皮張串」だとされますので、インフォーマントの「これが ket だ」として説明を受けた際に、松浦武四郎が対象を取り違えた可能性がありそうな感じです。

ちなみに、「変な解」でおなじみの(ぉぃ)永田地名解には、次のようにあります。

Ketu nai   ケト゚ ナイ   鹿皮ヲ乾ス澤 川西ト同シ地名、鹿皮ヲ張リテ乾ス木片ヲ「ケト゚」ト云フ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.471 より引用)
「川西と同じ地名」とありますが、これは十勝の川西ですかね……?(未確認) あるいは仁頃川の支流に「毛当別川」がありますが、このことでしょうか。「鹿皮を張りて乾す木片を『ケト゚』と云う」というのは、松浦武四郎の誤謬を見事に修正しているように思えます。誰ですか「変な解でおなじみ」などと言ったのは……(ぉ

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のようにあります。

ケッ・ナイ「ket-nai 獣皮を乾かす張り枠(がある)・川」の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.203 より引用)
はい、こちらも無難な解に落ち着きましたね。ここからは想像ですが、元々は ket-un-nay あたりの地名(川名)だったのかもしれません。ket-nay の音よりも ket-un-nay の音のほうが「ケトナイ」に近そうな気がするので、今日のところは ket-un-nay で「獣皮を張って乾かす枠・ある・沢」にしておきたいと思います。

歌登の「毛登別」や、置戸町の「置戸」も似たような地名ですね。

無加川(むか──)

mu-ika?
塞がる・越える
(典拠あり、類型あり)
「無加川」は、常呂川の支流の中でも最大規模のものでしょうか。国道 39 号線の石北峠のあたりに源を発し、ほぼ真っすぐ東北東に流れて北見市の中心部で常呂川に合流します。

まず、「無加川」の地名解で必ずと言っていいほど引用される永田地名解を見ておきましょうか。

Muka   ムカ   水川ヲ越ス 「」ハ塞ル「」ハ「イカ」ニシテ越スノ意此川温泉アルガタメニ水氷ルコト遅シ水氷リテ流レ塞ル時始テ氷上ヲ越スヲ得ベシ故ニ名クト云フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.468 より引用)
んー、なんだか良くわかりませんね(汗)。えーと、水が凍った時は通行路として使う川なんだよ、ということでしょうか。mu-ika で「塞がる・跨ぐ(越える)」と読んだのでしょうかね。ただ、知里さんの「──小辞典」によると、ika には「溢れる」という意味もあるみたいなので、「塞がる・溢れる」という風に解せなくも無いですね。

「無加」は日高の「鵡川」とも音が似ていますが、そう言えば「鵡川」の地名解も諸説ありましたね。mukka で「塞がる」という意味だ、なんて話もありましたが、mu あるいは muk だけで「塞がる」という意味なので、それを思うと永田地名解の mu-ika という解はなかなか魅力的でもあります。

他にこれと言った解も出てこないので、とりあえず mu-ika でファイナルアンサー(古い)でしょうか。意味は「塞がる・越える」だと考えられますが、あるいは「塞がる・溢れる」と言うニュアンスなのかもしれません。

温根湯(おんねゆ)

onne-yu
大きな・温泉
(典拠あり、類型あり)
北見市西部、旧・留辺蘂町の地名で、その名の通り温泉の出るところです。最近は、「『山の水族館』のあるところ」という表現で「あ! 聞いたことがある!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

「温根湯」という地名は、温泉の出る地名としてはできすぎた印象があるので、和名のようにも思われるかもしれませんが、ほぼアイヌ語由来の地名と考えて良さそうです。東西蝦夷山川地理取調図には「ヲン子モウ」とあり、「なんだろうこれは」と思わせますが、戊午日誌には「ヲン子ユウ」とあるため、東西蝦夷山川地理取調図のほうが誤字だったと考えられそうです。

ということで、山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょうか。

永田地名解は「オンネ・ユ。大・温泉」と書いた。オンネ(onne)は年寄った,大きい等の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.202 より引用)
はい。onne-yu で「大きな・温泉」と考えられそうです。onne は本来は「年をとった」という意味ですが、地名では「年をとった」から転じて「大きな」といった風に解釈される場合もあります。私は「長じた」と書く場合もありますね。

yu は「湯」で、つまりは「温泉」を意味します。温泉を意味する単語には seseki というものもあるので、yu は日本語由来のアイヌ語である可能性も高そうですね。

さて、何故に onne と呼ばれたのかという話ですが、山田さんは次のような説を立てていました。

ここは無加川の川中の岩蔭から実に豊富な温泉の湧く処で,付近の小温泉に対する意味でオンネといわれたのであろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.202 より引用)
そうですね。至極妥当な解釈であるように思えます。

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