2015年11月23日月曜日

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「日本奥地紀行」を読む (52) 日光 (1878/6/23)

 


引き続き、1878/6/23 付けの「第十信(続き)」(本来は「第十三信(続き)」となる)を見ていきましょう。

親の愛

イザベラは、日光・入町村の人々の観察を続けます。イザベラの目には、明治初期の親子の姿は次のように映っていたようです。

私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.131 より引用)

現代の日本にも「子煩悩」という言葉がありますが、これはまさに「子煩悩」の定義をそのまま文章にしたような感じですね。子煩悩な性質は人類に普遍的に存在するような気もするのですが、日本人の子煩悩ぶりはイザベラにとっても特筆すべきものだったということでしょうか。

子どものおとなしさ

一方で、眩いばかりの「親の愛」を受けて育っている筈の子どもたちの姿は、イザベラにはどのように映っていたのでしょうか。

子どもたちは、私たちの考えからすれば、あまりにもおとなしく、儀礼的にすぎるが、その顔つきや振舞いは、人に大きな好感をいだかせる。彼らはとてもおとなしくて従順であり、喜んで親の手助けをやり、幼い子どもに親切である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.131 より引用)

これは、何かわかる気がしますね。そう、かつて NHK で放送されていた「おしん」の世界そのままのように思えます。特に昔は子どもであっても一端の労働力として期待されていたわけで、生まれながらにして否応なく社会の構成員として組み込まれていたとも言えるのかと思います。更に別の言い方をすれば、おとなしくて従順である以外の有り様が存在しなかった、とも言えたのではないでしょうか。

一方で、イザベラは次のようなユニークな見方をしていました。

しかし彼らは子どもというよりはむしろ小さな大人というべきであろう。すでに述べたように、彼らの服装は大人の服装と同じだから、彼らが大人くさく古風な感じを与えるのも、その服装によるところが大きい。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.131 より引用)

「大人と同じ服を着ているから大人のような印象を与える」という見方なのですが、これは……うーん、結果論のような気もしないでも無いですね。「小さな大人」であることを強いられるが故に大人のような服装を着ることになる、と考えたほうが自然ではないかな、と思ったりもします。

髪結い

イザベラの村人観察はなおも続きます。続いては男の子の髪型について。

男の子はみな頭でっかちに見える。頭が異常に大きく見えるのは、一つは生まれてから三年間は頭をすっかり剃っておくというひどい慣習によるものである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.132 より引用)

ふーむ。「頭をすっかり剃っておく」というのは、いわゆる「丸刈り」のことだと思うのですが、丸刈りのおかげで頭が以上に大きく見えるというのはちょっと謎に思えます。本当に頭でっかちだった可能性もあったりして……(汗)。

そして、年齢ごとにどのような「髷」を結うのかを細かく解説しています。詳しく引用することは避けますが、締めの一文が秀逸なので、これだけはちゃんと引用しておきましょう。

これらの少年たちが、その大きな頭に奇怪な形の髪をのせて、重々しい威厳を保つさまは、まことにおもしろい。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.132 より引用)

あははは(笑)。日本人の「ちょんまげ」であったり、あるいは清朝の「辮髪」であったり、どうしてこうもオリジナリティのある髪型が生まれるのでしょうね。

皮膚病

ただ、イザベラは次のようにも続けていました。

この大半を剃った頭が、常になめらかで清潔であればよいのだが! 見るも痛々しいのは、疥癬、しらくも頭、たむし、ただれ目、不健康そうな発疹など嫌な病気が蔓延していることである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.132 より引用)

この後もたびたび出てきますが、当時の日本は衛生面ではかなり立ち遅れた状態だったようです。時代劇に出てくる髷姿の人々は概して清潔感に満ちていますが、実際にはかなり不衛生に見えていたということなのですね。これはちょっとした発見でした。

モグサ

さて、イザベラ・バードの「日本奥地紀行」には「初版」と「普及版」があり、「普及版」は初版から内容がカットされた部分がある、という話でした。「第十信(続き)」では、「モグサ」および「鍼治療」と題された部分がカットされていました。

イザベラは、村人の背中に「火傷の痕」を発見して、それの正体に疑問を持ったようでした。

衣類を着ていない場合人の体つきを研究するのは可能なので、私はいつも脊柱のそれぞれの側に 4 個ずつある八つの火傷の跡のような丸い印があるのを見て何だろうと思っていました。しばしば脚や胸や脇にもそれらと同じくらいの数がその分け前にあずかっているのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.54 より引用)

「イグサ」という題名からもわかるように、これは「お灸」の跡ですね。西洋人から見ると「お灸」というのは迷信じみた奇習にしか見えなかったでしょうし、とてもエキゾチックで興味を惹かれる話題だと思うのですが、なぜか普及版ではバッサリと削られています。何故なのでしょうね。

それは様々な種類の病気に対する治療であるだけでなく、それを 6 回繰り返すことにより、日本人に正当にも恐れられている脚気(セイロンやインドのベリベリ)の症状に特効的に効くと信じられています。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.54 より引用)

そういえば、当時は脚気の原因がビタミン不足にあるという事実が知られていなかった頃ですね。だからこそ「脚気」の症状に悩まされる人は多かったということでしょうか。今ではめったに耳にしないですよね。

鍼治療

「お灸」と併せて紹介されていたのが「鍼治療」でした。この文章の後には、金谷家のご主人が奥さんの歯痛の治療を行う様が描写されていました。

他の日本の土着的治療は鍼で、専門家でなくてさえもしばしばそれを利用します。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.54-55 より引用)

ただ、「鍼治療」についてはそれほど詳しく説明されることも無く、すぐに薬の話題に移ります。

彼らが大きな信頼をおくところの一つの薬、つまり百の薬[百薬]の合成物があり、男たちは畑に行くとき小さな箱[印龍]を腰帯に着けて持ち歩いていて、痛みや不快感があればそれを服用します。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.55 より引用)

この文章からは、正露丸のような万能薬が連想されますね。西洋医学に基づく薬や漢方薬が普及する前から、このような「伝統薬」が広く使われていたことを伺わせます。主に樹皮などを煎じたものを薬として使っていたようですね。

伊藤は決してそれなしではいられず、常に私にそれを服用させようとします。それはこげ茶色の粉末で、芳香があり、そのひとつまみが、体全体に温かみのある満足感を広げます。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.55 より引用)

ちゃっかり者の伊藤少年も「伝統薬マニア」だったというのは少々意外な感じがしますね。イザベラは、得体のしれない「薬のようなもの」の服用には及び腰だったかと思いきや、それほどでも無かったようで、この文章を読む限りではむしろ満更でもない雰囲気すら伺えますね。葛根湯のようなものだったのでしょうか。

繰り返しになりますが、この「お灸」と「鍼治療」のトピックは、何故か普及版ではバッサリとカットされています。とても興味深い内容だと思うのですが、どうしてなのでしょうね。



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