2015年11月25日水曜日

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日本最長路線バスの旅(番外編)#6 「国内精鋭のトンネル職人が集結」

 


紀勢本線の多気行き普通列車は、曽根トンネルを抜けて賀田駅へと向かいます。トンネルを抜けたところに曽根町の集落がありますが、残念ながら駅は設置されていません。列車は少しずつ坂を下ってゆきます。


間もなく賀田駅に到着です。……おや、また保線車両が停まっていますね。


そして、またしても……


どこかで見たような駅舎の登場です。ちなみにこちらが新鹿駅(二度目の登場)で、


こちらが大泊駅ですね(三度目の登場)。あ、流石にもういいですか?


ちなみに、これらの二駅と賀田駅を見分けるには……


「線路横断禁止」の文字が描かれているのが「賀田駅」と覚えておけばバッチリです(笑)。

津波忌避伝説

賀田湾は、まるで人のような形をしていますが……

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

賀田駅は、西端の「賀田港」に面したところにあります。ただ、賀田町の集落が港の北岸にあるのに対して、駅は川を挟んで向かい側の南岸にあります。この謎な立地は、Wikipedia によると……

紀勢本線の線路は賀田の集落を通っているが、そのまま直進して古川を渡り、対岸に当駅を置いている。これは、賀田の集落にそのまま駅を設けてしまうと、津波の被害を受けやすくなるためであると言われている。
(Wikipedia 日本語版「賀田駅」より引用)

なんか尤もらしいことが書いてありますが、どちらかと言えば「南側の曽根町にも配慮した」とか「北岸には適切な場所が無かった」あたりが真相だったのではないかと。津波云々は取ってつけた理由のように思えます。

国内精鋭のトンネル職人が集結!

ところで、二木島から賀田に抜ける際に「曽根トンネル」を抜けてきたわけですが、「賀田駅」の項にこんな面白いエピソードが書かれていました。

曽根トンネルは硬い岩盤のため非常な難工事で、後年青函トンネルの工事に参加した国内精鋭のトンネル職人が集められた。
(Wikipedia 日本語版「賀田駅」より引用)

へぇ~、それはそれは……。二木島経由を選んだが故に硬い岩盤にぶち当たったのであれば何とも気の毒な話ですが、「国内精鋭のトンネル職人」が集合したというのは何か格好いいですよね。

公的インフラとしての鉄道も今は昔……

さて、とにかくトンネルだらけの紀勢本線ですが、賀田駅を発車するとまたしてもトンネル(亥が谷トンネル)に入ります。


ネタに事欠いてか、ついに運賃表の写真が出てくる始末ですが、それはさておき(さておいた!)。長いトンネルを抜けると、三木里の駅が近づいてきます。


おや、こんなところに自動車専用道路……? と思ったのですが、どうやら熊野尾鷲道路の三木里 IC……に向かう道路、のようでした。まぁ、当たらずといえども遠からずなのですが、集落と IC の間が 2 km ほど離れていたので、こんな立派な道を建設したみたいですね。

熊野尾鷲道路は、大泊駅にほぼ隣接する「熊野大泊 IC」から、「熊野新鹿 IC」「賀田 IC」「三木里 IC」を経由して「尾鷲南 IC」までが既に開通しています。三木里から尾鷲の中心部に向かうには、JR だと九鬼経由でグルっと海沿いを回ることになりますが、熊野尾鷲道路だとほぼ一直線に向かうことができます(将来的に尾鷲南 IC から尾鷲北 IC までが開通すると、さらに所要時間は短くなる見込み)。

紀勢本線が一帯の生命線だったのも今は昔、もはや自家用車のほうが速くて安い時代になりつつあるんですね。

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