2015年11月26日木曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

日本最長路線バスの旅(番外編)#7 「九鬼水軍の本拠地」

 


亥が谷トンネルを抜けて「三木里駅」にやってきました。


ちなみにこの「三木里」駅、お隣が「くき」(九鬼)と「かた」(賀田)です。どちらもありそうであまり無い駅名ですよね。

まぁ、「久喜」はふつーにありますけどね。


三木里駅の駅舎も……相変わらずですね(笑)。


三木里駅は 1958 年に「紀勢東線」の駅として開業しました。翌年に三木里と新鹿の間が開通して、路線名も「紀勢本線」に変わります。

紀伊半島をグルっと半周する形で建設された紀勢本線で最後に残ったのが「熊野市」と「尾鷲」の間というのはなかなか示唆に富んでいますね。熊野市は三重県の他の自治体よりも和歌山県との結びつきが強いなんて話もありましたが、地勢を見た限りは「さもありなん」という感じです。

九鬼水軍の本拠地

三木里からは、東北東に進路を取り、名柄トンネルを抜けると「九鬼駅」です。


「水軍」と言えば、すっかり「村上水軍」が有名になってしまいましたが、戦国時代に名を馳せた「水軍」と言えば「九鬼水軍」でしたね。九鬼水軍を率いた九鬼家はこの地に本拠を構えたのでした。天然の良港ですが、それ以上に人里から隔離された場所という印象が強いところです。天然の良港であり、そして天然の要害でもあったと言えそうなところでもあります。

九鬼駅も、他の駅と同様に、集落から 7~800 m ほど離れたところに駅があります。神社?や漁港の名前が「九木」なのは、敢えて「鬼」の字を避けたということなのでしょうか。

このあたりの駅には珍しく標高が低いところにあり、駅前にはバス停もあるようです。九鬼駅は 1983 年に国鉄合理化の一環として無人化されたのですが……


案の定と言うべきか、Wikipedia にも次のような一文がありました。

周りの駅の駅舎とよく似たつくりである。
(Wikipedia 日本語版「九鬼駅」より引用)

ですよねぇ。

列車は崖に張り付くように

九鬼駅を発車すると列車は北に進行方向を変え、「九鬼トンネル」で尾根をショートカットします。その後は短いトンネルを一つ挟んで「白浜トンネル」、更に短いトンネルと覆道を挟んで「第一行野トンネル」と、海沿いの険しいルートが続きます。九鬼トンネルと白浜トンネルの間に駅があれば、JR 北海道の「小幌駅」と似たような感じになっていたでしょうね。

尾鷲湾は西側に尾鷲市街が広がり、湾の南北にはどちらも市街地が点在しています。南側の東端は「行野浦」というところで、地形を活かした漁港があるようですが、紀勢本線は集落の南側を殆どトンネルで抜けているため、残念ながら駅はありません。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

紀勢本線は行野浦から今度は西に向きを変えて、大曽根浦駅を目指します。紀勢本線の九鬼から新鹿のあたりのルートは、長いトンネルも厭わずに最短ルートを選んでいるように見えますが、大曽根浦と九鬼の間は海沿いの険しいルートになっているのが特徴的です。開通年次は数年しか違わないのですが、もしかしたらルート選定の時期が違っていたのかな、などと想像したりします。

久しぶりの対向列車

「大曽根浦駅」に近づいてきました。海の向うに見えるのが火力発電所と尾鷲港ですね。


大曽根浦駅で対向列車とすれ違いです。


相変わらずピントがあらぬところに合ってしまっていますが……(汗)。


ピントが合ってない写真をもう一枚(すいませんすいません)。


大曽根浦の次は、尾鷲駅です。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク