2016年2月20日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (317) 「豊似・ポロフーレペツ・花春」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

豊似(とよに)

広尾町北部の地名で、国鉄広尾線に同名の駅がありました。同名の湖と山(豊似岳)がお隣の「えりも町」にありますが、かなり離れているので他所の空似と考えて良さそうです。

ということで、早速「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  豊 似(とよに)
所在地 (十勝国)広尾郡広尾町
開 駅 昭和 7 年 11 月 5 日
起 源 アイヌ語の「トヨイ」、すなわち「トイ・オイ」(食土のある所)から出たものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.143 より引用)

ふむ。toy-o-i で「土・ある・ところ」と考えられそうですね。「北海道駅名の起源」では「食土」とありますが、確かに chi-e-toy で「我ら・食べる・土」という地名もあちこちにあるので、その省略形と考えるのが自然かもしれません。函館近郊の「戸井」なんかも同系統の地名ですね。

ここで「アイヌは土を食べていたのか?」という疑問が出てくるのですが、知里さんは「樺太アイヌの生活」で次のように記していました。

 チエトィは硅藻土である。アイヌは山から採取して来て常に貯へて,この料理に用ひる。この土が存在する場所を,アイヌはよく承知してゐて,時々採取に出かける。けだし,アイヌの食生活に於ける唯一の鉱物質食料である。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『樺太アイヌの生活』」平凡社 p.193 より引用)

ということで、もちろんその辺の土を食べていたわけでは無さそうです(そりゃそうだよね)。

このチエトィは,採取したら先づ犬に食はせて,その安全性の保証を得た上で,食用とする。チエトィは či-e-toj「我等が・食べる・土」の意である。チカリペに必ずチエトィを用ひるのは,野草のアクを抜き,海豹の強烈な油を適当に中和するのに役立つかららしい。アイヌは,チエトィの入ったチカリペは「甘い」といひ,「チカリペ程,美味しい御馳走はない」といふ。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『樺太アイヌの生活』」平凡社 p.193 より引用)

なるほど。土そのものを食べるわけではなくて、調味料のような使い方だったんですね。確かに鍋?に入れる時点で「食べる土」と言うのもわかりますが、少々誤解を招くのも確かなような……。

ちなみに、知里さんの文章に出てきた「チカリペ」は、či-kar-ipe で「我ら・作る・食事」らしいのですが、知里さんによると「樺太アイヌ特有のもの」とのこと。ただ、chi-e-toy 系の地名は道内各所にあるので、煮たような……じゃなくて似たような調理法は道内でも広く知られていたのでしょうね。

ポロフーレペツ

広尾町北部の地名です。このあたりは「和進」「紋別」「豊似」「共栄」という風に漢字の地名が並ぶのですが、その中に忽然と現れる「ポロフーレペツ」はなかなかインパクトがありますよね(しかも「ベツ」ではなく「ペツ」なのが珍しいです)。

意味はなんとも簡単で、poro-hure-pet で「大きな・赤い・川」です。現在の「四線川」がもともとは「ポロフーレペツ」だったようですね。

東西蝦夷山川地理取調図を見ると、現在の「豊似」集落のあたりが「フウレヘツ」だったようです。明治期の地形図にも「ツペレーフ」とあります。あ、これは右から読むんでしたね。そして確かに現在の「四線川」のところに「ポロフーレペッ」とありますね。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」にも、次のように記されていました。

ポンフーレペツ
ポロフーレペツ
豊似市街南端の豊似橋の下手を、南西側から流入しているのが、ポンフーレペツ、橋の上手を併流しているのがポロフーレペツである。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.34 から引用)

はい。ここまでは良いですよね。

永田地名解は「フーレ・ペツ Hure-pet 赤川。崖岸赤く水も亦赤し」と記した。永田地名解のとおり水が赤いのかと思ってこの川に入って見た。川尻近くの土崖は赤褐色を帯びている。川床は粘板岩の破片が多く、この表面も赤褐色を呈しているので、川水が赤く見えるのであった。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.34 から引用)

さすがに川の水まで実際に赤かったらホラーですからね(汗)。貴重な現地リポートをありがとうございました。

花春(かしゅん)

広尾町豊似から豊似川沿いに西に遡ったところの地名です。花春は支流の「カシュンナイ川」沿いの地名のようですね。あっ……(ネタバレ感満載)。

山田秀三さんの随筆集「アイヌ語地名を歩く」の中に「カㇱの当て字」という回があり、その中に次のような一節がありました。

 十勝国広尾郡の豊似川中流にカㇱュンナイ(カㇱ・ウン・ナイ。仮小屋・ある・川)があったが、先年行って見たら、語尾のナイが省略され、花春となっていた。ろくに人家もないところだが、うまい、美しい地名にしたものである。
(山田秀三「アイヌ語地名を歩く」草風館 p.78 より引用)

ろくに人家もないところ」とはなかなか酷い言い様ですが、実際に……そうなんですかね?(汗) とりあえず「カシュンナイ」は kas-un-nay で「仮小屋・ある・川」だと考えて良さそうですね。

ちなみに、「角川──」(略──)には次のようにありました。

 かしゅうんない カシュウンナイ <広尾町>
〔近代〕昭和23 年~現在の広尾町の行政字名。もとは広尾町大字広尾村の一部。華旬・花春とも書いた。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.356 より引用)

「花春」という字も花鳥風月な感じでなかなかのセンスですが、「華旬」というのも随分と高級な感じがしますね。

大正 6 年大山火事で神社をはじめ地内の 12 戸が全焼。昭和 10 年の世帯数 14・人口 105,同 15 年の世帯数 18。同 33 年豊似川に架橋され,奥地からの木材搬出を副業とする者も多い。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.356 より引用)

ほうほう。ところで本業は何なんでしょうね(農業ですかね)。

世帯数・人口は,同 34 年 9・74,同 37 年 10・57,同 47 年 17・81。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.356 より引用)

1970 年代までは順調に人口も増えていたようですが、現在はどうなっているのでしょうね。

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