2016年6月11日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (346) 「ルベツネ山・ヤオロマップ岳・カムイエクウチカウシ山」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ルベツネ山

re-petu-ne-i
三つの・河口・のような・ところ
(典拠あり、類型あり)
そういえば、某球団の選手が野球賭博に手を染めていた事件がありましたが、結局どうなったんでしたっけ……?

さてルベツネ山です(お約束)。ルベツネ山(標高 1,727 メートル)は十勝と日高の境界となる日高山脈の分水嶺を構成する山の一つで、ペテガリ岳の北に位置しています。西側をサッシビチャリ沢川が流れ、東側をマオロマップ川(?)が流れています。

山の名前は川の名前とは色々と勝手が違うので少々難儀したのですが、鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」に記載がありました。

ルベツネ山
留辺津根(営林署図)
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.49 より引用)
ほうほう。「営林署図」というのはなかなか貴重な資料なんですね。現在では使われることの無い、まるで万葉仮名のような漢字表記の存在を知るのもなかなか楽しいものです。

 実測切図(北海道20万分図)によると、日高静内川の上流部のコイカクㇱシピチャリ川に、ペテガリベツとサツシピチャリ川とが合流している所、つまり三股が「レペトゥネイー」の地名が記されている。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.49 より引用)※ 原文ママ

ふむふむ。ルベツネも、元々は川沿いの地名だったのですね。鎌田さんの言う「コイカクㇱシピチャリ川に、ペテガリベツとサツシピチャリ川とが合流している所」というのは、現在の「東の沢調整池」のことだと思われます。つまりこの「ペテガリベツ」は、現在の地形図に「ベニカル沢」と書かれている川を指していると考えられます。

ということで明治期の地形図を見てみたのですが、確かに「ルペト゚子ー」の文字を確認できました。

レ・ペトゥ・ネ・イ(re-petu-ne・i 三つの・川口・になっている・所)の意である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.49 より引用)※ 原文ママ

なるほど、re-petu-ne-i で「三つの・河口・のような・ところ」と解したわけですね。概ね同感です。面白いのは「三つの川」の真ん中である「サッシビチャリ沢川」を遡った先にある山の名前に収まってしまったところですね。「ルベツネ川」が存在しないのに「ルベツネ山」があるという、ちょっと変わったことになってしまったのでした。

ヤオロマップ岳

ya-oro-oma-p
陸・その中・そこに入る・もの
(典拠あり、類型あり)
ルベツネ川の北西に位置する山(標高 1,794 メートル)の名前です。ヤオロマップ岳は東と北に分水嶺を構成する尾根が伸びていますが、それとは別に南西にも尾根が伸びていて、すぐ先に「1839 峰」があります。1839 峰なのに標高は 1,842 メートルなのがポイントです(笑)。

さて、八百万の神のような名前の山ですが、実は十勝側の川の名前に由来した山名でした。山の名前は麓の川から来ているケースが多いのですが、分水嶺だとどっちの川から名前が来ているかわからないので、まぁ、こういうこともあります(開き直った)。

「十勝側の川」と記しましたが、具体的には歴舟川の源流部の名前である「ヤオロマップ」に由来します。現在の地形図では「ヤオロマップ左沢」「ヤオロマップ右沢」が存在することが確認できます。また、ルベツネ山のあたりからおそろしく曲流している「オロマップ川」という支流や、ポンヤオロマップ岳の東側を流れる「ポンヤオロップ川」もあります。「ヤ」と「マ」、そして「マ」と「ヌ」は確かに似てますよね……(汗)。

「ポンヤオロヌップ川」については、1980 年ごろの土地利用図では「ポンヤオロマップ川」となっていましたので、地理院地図の誤記と考えて良さそうですね……。

ということで、「ヤオロマップ」の意味するところに戻りましょう。今回も鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」からです。

ヤオロマプ
歴舟川本流
 歴舟川はカムイコタンのすぐ上流で三股になっている。右股が「歴舟川本流」、中央が「中の川」左股が「ヌビナイ川」である。本流はなぜか、ここから上流をヤオロマプと名づけられている。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.46 より引用)
「カムイコタン」というのは、大樹町の中心街から歴舟川を 7~8 km ほど遡ったあたりのことでしょうか。道道 622 号線「幸徳大樹停車場線」の「神威大橋」と「尾田橋」の間に神社があるようですね。「本流はなぜか、ここから上流をヤオロマプと名づけられている」とありますが、現在の地形図を見た限りでは、上流部も「歴舟川」と記されています。

ヤ・オロ・オマ・ㇷ゚「ya-oro-oma-p 陸(内陸)・の中・に入る・もの(川)」と解したい。三筋の川では、最も内陸を通って流れているのである。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.46 より引用)
この解についても概ね同意です。ya-oro-oma-p で「陸・その中・そこに入る・もの」と考えていいのでは無いでしょうか。oma を「そこに入る」と解釈するのは知里さんの流儀なのですが、意外としっくり来るんですよね……。

カムイエクウチカウシ山

kamuy-e-kut-ika-us-i??
神・そこで・崖・こぼれる・いつもする・ところ
(?? = 典拠なし、類型あり)
日高山脈シリーズ(いつの間に)の第三弾です。ヤオロマップ岳の北には「コイカクシュサツナイ岳」がありますが、そこから更に北北西に進路を……じゃなくて進んだところにある標高 1,979 メートルの山の名前です。静内川支流の「シュンベツ川」と、同じく支流の「コイボクシュシビチャリ川」の分水嶺でもあります。

では、まずは更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」から。

 カムイエクウチカウシ山
 日高静内町との境界をする一九七九・四メートルの高山。意味不明。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.228 より引用)※ 原文ママ

はい。気を取り直して次行きましょう。カムイエクウチカウシとは違うのですが、平取の紫雲古津に「ユックチカウシ」という地名があったのだそうです。

ユックチカウシ
 ヨーロッパの旧石器時代のクロマニオン人たちは野馬を追って崖から落として狩りしたというが,アイヌ時代は同じ猟法で鹿を捕っていた。その崖が平取街道の紫雲古津市街の処から西側に見える。その崖の名はユックチカウシ(yuk-kut-ika-ush-i 鹿が・岩崖を・こぼれる・いつもする・処)と呼ばれたが,もう土地の人も訛った形でやっと覚えているだろうか。
山田秀三北海道の地名」草風館 p.362 より引用)
あー、思い出しました。ありましたねそんな地名が!

この「ユックチカウシ」の yukkamuy-e に変えると「カムイエクウチカウシ」の出来上がりです。kamuy-e-kut-ika-us-i で「神・そこで・崖・こぼれる・いつもする・ところ」と考えられますね。ここで言う kamuy は、万能の神でも魔の神でも無く、「クマ」だと考えるのが文脈上良さそうな感じがします。クマも足を滑らせるような峻険な山なのだ、ということでしょうか。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

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