2016年6月25日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (350) 「新冠・高江」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

新冠(にいかっぷ)

新ひだか町の北西に位置する町の名前です。このあたりでは珍しい「平成の大合併」に与しなかった自治体のひとつですが、どうやら静内町・三石町との合併話が進んでいたにもかかわらず、新冠町から断りを入れて破談になったとのこと。

静内と新冠の間の境界はそれほど高くない山によって区切られているのですが、昔からこの山が「メナシュンクル(東のアイヌ)」と「シュムンクル(西のアイヌ)」の境界だったのだとか。「シャクシャインの戦い」で名高いシャクシャインは「東のアイヌ」の有力人物で、もともとはアイヌ同士の紛争に松前藩が介入したのが「シャクシャインの戦い」のきっかけになったとも言われていますね。

さて、現在は新冠町の新冠川で新冠駅もありますが、川の名前はもともと「ピポク」だったのだとか。ということで、戊午日誌「東部毘保久誌」を見てみましょう。

ヒホクとは今のニイカップの川の本名なり。其訳は転太石多く重りたりと云よりしての名と聞り。惣て此川岩石のみ也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.139 より引用)

「惣て」で「すべて」と読むのですが、なるほど、pi-pok で「石・しも」なのですね。

然る処寛政の前、松前某此処え来り、ヒホクは其呼方よろしからずとて、此川すじは諸木の皮剥によき故、其を以て名とさすとて、ニイカツフと改められしと。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.139 より引用)

改名の時期については諸説あるようですが、ここでは「寛政の前」とありますね。ちなみに「シャクシャインの戦い」があったの「寛文年間(1661~1672)のことで、寛政年間はそこから 120 年ほど後の 1789~1801 年です。

閑話休題(それはさておき)。「ピポク」は「音がよろしくない」として「ニイカップ」に改められた、とあります。その「ニイカップ」の意味するところですが……

ニイカップは夷言ニカフの延たる也。其ニカフと云は、ニとは木の事、カプとは皮と申事にして、楡榀また秦皮(たも)等諸木の皮を云り。此川すじ木の皮剥が多く有るよりして号しものなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.139 より引用)

ni-kap で「木・皮」とのことでした。「楡」は「ニレ」で「榀」は「シナノキ」のことですね。どちらも樹皮をうるかして採った繊維で織物を紡ぐのに使われています。「秦皮」は「ヤチダモ」のことだと思います。

ところで、松浦武四郎さんは既に「ピポク」が「ニイカップ」に改められた後で「戊午日誌」を綴っているのですが、題名が「東部毘保久誌」のままなのは何故だろう……という疑問も出てくるわけですが、

然る処此処え今の名を用ゆべきなれども、其ニイカツフは今会所元の事、当春は土人川をさして未だヒホクと云まゝ、此名を冠らし置ものなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.139 より引用)

あはは(笑)。行政主導の改名がなかなか受け入れられないのは今に始まったことではないのですね!

高江(たかえ)

さて、現在は新冠町の新冠川で新冠駅もありますが、コピペはこの辺にして「北海道駅名の起源」を見てみましょうか。

  新 冠(にいかっぷ)
所在地 (日高国) 新冠郡新冠町
開 駅 大正15年12月10日(日高拓殖鉄道)
起 源 もと「高江(たかえ)」といったが、昭和23年8月1日「新冠」と改めた。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.91 より引用)

ということで、なんと現在の「新冠駅」は、元々は「高江」という駅名だったのだそうです。現在の「高江」は新冠川の北西側一帯を指す地名で、また、新冠川の支流の名前でもあります。

「タカエ」という音はあまりアイヌ語っぽくない感じがしますが、東西蝦夷山川地理取調図を見てみると、現在の「高江川」と思しき川のところに「タカイサラ」と記されています。結構古くからある地名だと考えられそうです。

「タカイサラ」についても、戊午日誌「東部毘保久誌」に記載がありました。

また西岸に十丁計も上りて
     タカイサラ村
西岸平山の茅原有る也。下の村々此処野の下に茅茨(荻)原有るよりして号。サラはシヤリ也。本名タカイシヤリなるとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.141 より引用)

ふむふむ。「サラ」については sar である、と考えたようですね。ただ、一方で次のような見立てもありました。

なお「高江」とは、近くの小丘に水のたまるところがあって、杯の台の「たかいさら」に似ているので名づけたといわれている。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.91 より引用)

これは更科源蔵さんの見解のようなのですが、これだと sar ではなく和語由来ということになってしまいます。「タカイサラ」については、「アイヌ語千歳方言辞典」にも次のように記されていました。

タカイサラ takaysara 【名】トゥキ tuki「杯」の台。天目台;<日本語。
(中川裕「アイヌ語千歳方言辞典」草風館 p.243 より引用)

あららら。これを見ると思いっきり日本語からの借用語彙のようですね。

なんだか良くわからなくなってきたので、久しぶりに我らが「角川──」(略──)を見てみましょう。

 たかえさら タカヱサラ <新冠町>
〔近世〕江戸期から見える地名。束蝦夷地ニイカツプ場所のうち。タカイサラともいう。日高地方中部,新冠(にいかっぷ)川下流右岸。地名は,アイヌ語のタㇷ゚コㇷ゚サラ(孤山の茅の意)が転訛したタカイサラに由来する(北海道蝦夷語地名解)。郷帳類には見えない。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.820 より引用)

あれ、永田地名解にそんなこと書いてあったかな……と思ったのですが、

Tapkop sara  タㇷ゚ コㇷ゚ サラ  孤山ノ茅 此地名處々ニコレアリ今訛リテ「タカイサラ」ト稱ス浦河郡元浦川筋ニ「タプコサラ」アリ松浦地圖「タカサラ」ニ誤ル
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.250 より引用)

ありました。そして、これだと「タカイサラ」との関連性が見えないのですが、次のエントリに……

Takai sara  タカイ サラ  高イ皿 孤山ノ上平ニシテ皿ノ如シ名クト云フハ非ナリ「タプコサラ」ノ訛傳ナリ今高江村ト公稱セリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.250 より引用)

わざわざご丁寧にイタリックで表示してありました。

では、これまでの説をまとめてみましょうか。

・タカイサラ:「サラ」は sar
・タカイサラ:日本語「タカイサラ」由来説
・タプコサラ:丸山の sar

諸説バラバラ……のように見えて、実はどの説も細い糸でつながっているようなのが面白いですね。「サラ」を sar とした場合は「タカイ」の意味が不明で、さりとて「タカイ」が「タㇷ゚コ(ㇷ゚)」の転訛であるというのもちょっと無理矢理感が漂います。

実際の地形を見てみると、tapkop-sar に相当する丸山を特定することはできないにしても、あるいは……と思わせる山があるようにも見えます。知里さんの見立てでは tapkoptap-ka-o-p(肩・の上・にある・もの)かもしれない……とのことで、であれば tap-ka-o-sar となってもおかしくないかもしれません。

ということで、もしかしたら元々は {tap-ka-o}-sar(「{丸山}・葭原」)だったのが、「杯に似ている」ということで「タカイサラ」と呼ぶようになった……と想像してみたのですが、どうでしょう……?

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