2016年7月16日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (356) 「ホロピナイ沢・ピンネ沢・オケルンペ沢」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ホロピナイ沢

hasinaw-us-nay?
枝幣・多くある・沢
kor-pa-us-nay?
フキ・頭・多くある・沢
poro-pi-nay?
大きな・石・沢


新冠川の中流、やや上流部よりのところで合流する東支流の名前です。割と良くある名前なので、わざわざ取り上げるまでのことも無いような気もしますが……。ただ、東西蝦夷山川地理取調図を見てみると、現在の「ホロピナイ沢」と思われるところに「ハシナウシナイ」と記されていました。

戊午日誌「東部毘保久誌」には次のように記されています。

またしばしを過て
     ハシナウシナイ
同じく右のかた小川也。其名義不解。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.180 より引用)

まぁ、わざわざ引用するほどの内容でも無いのですが(汗)、原本の上欄に補足が記されていたそうです。

〔上欄〕鹿取に行し時木幣を一本ヅヽ立しに多く残り有と云儀也』
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.181 より引用)※ 原本ママ

あーなるほど。hasinaw-us-nay で「枝幣・多くある・沢」と考えられそうです。

ただ、永田地名解には次のようにありました。

Korepa ush nai  コレパ ウㇱュ ナイ  蕗頭ノ沢 松浦地圖「ハシナウシナイ」ニ作ル
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.246 より引用)

コレパ……違う、これは……(汗)。いや、真剣に「これは何だろう」と思ったのですが、どうやら kor-pa-us-nay で「フキ・頭・多くある・沢」と考えたのでしょうか。kor-pa というのがちょっと耳慣れない感じもしますが……。

あと、少し気になったのが「松浦地図『ハシナウシナイ』に作る」という書き方で、「──とあるのは誤り」とは書いていないところです。永田地名解は割と唯我独尊な書き方が多いのですが、ここではなぜかトーンが柔らかいですね。

明治以降の測量成果は永田地名解をベースにしていることが多いのですが、「北海道測量舎五万分一地形図 日高国」には早くも「ポロピナイ」と記されていることが確認できます。poro-pi-nay で「大きな・石・沢」と言った感じでしょうか。「小石」と呼ぶにはちと大きめの石が多いような、そんな川なのかもしれません。

ピンネ沢

pinni(-us-i)
ヤチダモ(・多くある・ところ)


ホロピナイ沢との合流点から更に新冠川を遡ると「岩清水ダム」があるのですが、ピンネ沢はそのすぐ手前に合流している東支流です。pinne というと「男の──」という意味ですが……。まずは戊午日誌「東部毘保久誌」を見てみましょう。

またしばし過て
     ヒンニウシ
同じく右のかた小川也。其川すじ平地有て、秦皮(たもぎ)多く有るより号也。ヒンニは秦皮のこと也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.181 より引用)

お、全然違ったようですね(汗)。もともとは pinni(-us-i) で「ヤチダモ(・多くある・ところ)」だったみたいです。

知里さんの「植物編」に、ちょっと興味を惹く内容があったので、引用しておきましょう。

その他に,この木は世界で二番目に作られ,森の中でわ一番背が高いので,ピンニすなわち男の木と呼ばれたとする説もある(コタン生物記)。「ヤチダモを pinni(男性の木)と云っているが,これわ真直に喬木に成長するからである」とも説かれている(宮部金吾「アイヌ植物名に就いて」)。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 植物編』」平凡社 p.47 より引用)

ふむふむ。やはり同じようなことを考える人がいるんですね(笑)。ただ、まだ続きがありまして……。

しかしながら,ピンニわそのままでわ男の木の意味にわならない。男の木ならピンネニ pinne-ni でなければならぬ。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 植物編』」平凡社 p.47 より引用)

まぁ、知里さんの考えももっともな感じがします。「男の木」説も物語としては面白いのですが、知里さん自身は pir-ni で「傷・木」か、あるいは per-ni で「割れ・木」ではないかと考えていたようですね。

知里さんの「分類アイヌ語辞典」は結局未完のままになってしまいましたが、先に完成していた「植物編」「動物編」「人間編」だけでもとても有用な内容が多いので本当に助かっています。

オケルンペ沢

o-kenru-un-pe
そこに・家・ある・所


岩清水ダムから 600 m ほど遡ったところでダム湖に合流している西支流の名前です。割と昔からほぼそのままの名前で記録されている地名のようです。

ということで、まずは戊午日誌「東部毘保久誌」から。

またしばし過て
     ヲケンルンベ
左りの方小川也。其名義不解也。小川滝に成て落るよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.181 より引用)

由来についてはいつもの「よーわからん」ですが、頭注には次のようにありました。

ヲク  峠の
ウエン 悪い
ル   道
ウン  ある
ペ   所
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.181 より引用)

一方で、永田地名解には次のようにありました。

Oken runpe  オケン ルンペ  好路ノ處 土人ノ説ニ從フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.247 より引用)

こちらも「よーわからんけど、土地のアイヌがこー言ったから」ですね(笑)。

「オケンルンペ」という音を素直に読み解いていくと、やはり ok-wen-ru-un-pe になるのかなぁ、と思います。意味は「うなじ・悪い・路・ある・もの」ですが、この場合の「うなじ」は山の稜線と見るべきでしょう。

根室や紋別の「落石」(ok-chis)の ok と同じですね。今回の ok-wen-ruok-chis と呼ぶほどの鞍部が無く、峠道としてはあまり良くなかったからなのか、あるいは単純に「厳しい道」だったのかもしれません。

(2017/2/18 加筆)知里さんの「アイヌ語入門」では、次のように記されていました。
これはおそらく,
  o-kenru-un-pe 「そこに・家・ある・所」
という意味の地名だったのではなかろうか。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.22 より引用)

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