2016年8月13日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (364) 「チライコッペ川・ウエンテシカン川・ヌモトル山・イタラッキ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

チライコッペ川

chiray-ko-ot-pe?
イトウ・そこに・群在する・もの


里平川が厚別川と合流する直前に「里平橋」という橋が架かっているのですが、チライコッペ川はその里平橋の少し上流で里平川に合流しています。では、今回も戊午日誌「東部安都辺都誌」から見てみましょう。

またしばし過て
     チラヱコツペ
左りの方小川。此川春いとう多く入るが故に号しもの也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.113 より引用)

はい。いきなり正解に辿り着いた感も拭いきれませんが、もう少しだけ。念のため「北海道測量舎五万分一地形図 日高国」で確認してみたところ、そこには「チライユペツ」(あるいは「チライコペツ」)と記されているように見えます。「チライユペツ」が正しいと仮定すると、chiray-o-pet で「イトウ・多くいる・川」だと考えられるかもしれません。

ただ、現在の名前は「チライコッペ」ですし、戊午日誌にも「チラヱコツペ」とあるので、ここはやはり chiray-ko-ot-pe と考えたほうが自然かもしれません。これだと「イトウ・そこに・群在する・もの」となりそうですね。ko が入っているのが割と珍しいですが、アイヌ語では母音の重出を嫌うことの影響があるのかもしれませんね。

ウエンテシカン川

wen-{tes-ka}-an-i?
悪い・{ヤナの岸}・ある・もの


里平川を遡ったところで北から合流している支流の名前です。今回も戊午日誌「東部安都辺都誌」から。

またしばし過て
     ウエンテシカニ
左りの方相応の川也。川巾凡五六間も有急流のよし也。其名義は鱒が入りて簗を架るに、如何にも上りし程は皆とれざるによつて号しとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.114 より引用)

このあたりは戊午日誌の打率がすごく高いのですが、逆に永田地名解での扱いがすごく薄い印象もあるんですよね。ささっと本題に戻りますが、wen-{tes-ka}-an-i で「悪い・{ヤナの岸}・ある・もの」あたりでしょうか。

ヌモトル山

nup-utur?
山中の野原・間


現在の地図では、厚別川は里平川との合流点(新冠町新和)よりも北側もずっと続いていますが、昔は、里平川との合流点よりも北側は「ヌモトル川」と言う名前だったみたいです(ただ、史料によっては「ヌモトル川」ではなく「厚別川の本川」としているものもあるようですね)。現在は支流の「ヌモトル左一号川」「ヌモトル左二号川」や、その水源に近い「ヌモトル山」に名前が残っています。

てことで今回も戊午日誌「東部安都辺都誌」から。早速見てみましょう。

則右の方をば
     ヌモトロ
是本川なり。山の間に入るよりして此名有る也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.117 より引用)

どうでもいい些末なツッコミですが、ヌモトル川こと厚別川の本川は「左の方」ですね。本題に戻りますと、「山の間に入る」とありますが、これは…… nup-utur あたりでしょうか。nup を「山」と解することに多少の疑問もあるのですが、知里さんの「──小辞典」には次のようにあります。

nup, -i ぬㇷ゚ ①野。②【ナヨロ】泥炭の原野。③【サマニ】山中の野原。あたりに木があってそこだけが草原になっているような所。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.69 より引用)

あー、やっぱりちょっと無理がありますね(汗)。ただ、「山中の野原」というのは、日高町正和から三和にかけての地形とマッチするような感じがするんですよね。山中でありながら、地形図で見ると田畑が広がっているので、「山中の野原の間」という表現はアリなんじゃないかなぁ、と……。

ということで、「ヌモトル」は nup-utur で「山中の野原・間」と解釈してみたのですが、いかがでしょうか?

イタラッキ川

ita-raske-p?
板・割る・ところ
ita-ratki?
板・ぶら下がる
i-tararke?
アレ・ごろごろしている


日高町正和から厚別川本流(旧称・ヌモトル川)を遡ると、日高町三和のあたりで北から「イタラッキ川」が合流しています。

では、まずは今回も戊午日誌「東部安都辺都誌」を見てみましょう。

只鹿道を認(したた)めて上り
     イタラツケ
左りの方相応の川也。其名義は往昔海嘯の時に、此処まで船板流れ来りしよりして号しもの也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.120 より引用)

「昔、津波の時にここまで船板が流れ着いたからだよ」という、いかにも「話を盛ってみました」系の地名説話が出てきました。「ホンマかいな」と思いつつ、道内各所に結構この手の話ってあるんですよね……(平取の「荷菜」とか白糠の「鍛高」とか)。

今回は久しぶりに永田地名解にも記載がありました。

Ita rasukep  イタ ラㇲケㇷ゚  材木ヲ割ル處
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.242 より引用)

ふーむ。ita-raske-p で「板・割る・ところ」と考えたのですね。ただ、raske を「割る」とする用法は辞書には見当たらないようです。ras は「割れた木」という意味(の名詞)なのですが、ras-ke だと「割れた木の所」になってしまうような。知里さんの「──小辞典」には、次の二種類の用法が載っています。

-ke ケ 名詞或は名詞的語根についで‘所’‘部分’の意を表わす。 kim-ke [山の所] 山奥。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.45 より引用)

そしてもう一つが……

-ke ケ ①自動詞について他動詞をつくる。 asin(外へ出る)/ asin-ke(外へ出す)。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.45 より引用)

ですので、ras-ke で「割る」としたのはちょっと変な感じもします。「割れている」のであれば可能性はありそうなんですけどね(たとえば sos-ke で「剥げている」となるので)。

戊午日誌の頭注には「イタ ラツキ」で「板 釣下げ」とあります。ita-ratki で「板・ぶら下がる」と考えたのでしょうが、これは永田地名解の「材木を割る所」以上に意味不明な感じがします。さてどうしたものか……。

全くの試案ですが、i-tararke で「アレ・ごろごろしている」と考えるのはどうでしょうか。ふつーにゴロタ石が転がっているのであれば i- で「アレ」とする必要も無さそうなのですが、あるいはヒグマの糞とかだったりして……(汗)。

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