2016年8月14日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (365) 「賀張・キシマツ川・慶能舞・ウシベツ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

賀張(かばり)

kapar-sirar?
平らな・岩
kaparus?
水中の平岩


日高本線の「厚賀駅」は「厚別」と「賀張」の合成地名なのだ……という話がありましたが、今回は後半部の「賀張」を取り上げます。

  厚 賀(あつが)
所在地 (日高国)沙流郡門別町
開 駅 大正13年9月6日(日高拓殖鉄道)
起 源 駅が「厚別」と「賀張(がばり)」との境に設けられたので、この両方の頭字をとって名づけたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.90 より引用)

再度引用しますが、少し古めの文献には「がばり」とルビが振ってあるんですよね。濁音から始まる地名が珍しいからか(お隣に「平取」という大地名がありますが)、いつの間にか「かばり」と読むようになったようです。

東蝦夷日誌には、次のように記されています。

カバリ〔賀張〕(川、橋)本名カハルにて、薄き海岸少々磯有を云(地名解)。又川上に二ッ家の如き岳あり、漁者海上にて是を目的とすを故號(なづく)とも云。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.154-155 より引用)

おや、これを見た限りでは昔から「カバリ」だったように読み取れますね。となると漢字に引きずられて「ガバリ」になっていた、ということでしょうか。「川上に二ッ家の如き岳あり」はちょっとピンと来ませんが、念のため引用させてください。

永田地名解には次のようにありました。

Kaparush  カパルㇱュ  暗礁 「カパラ」ハ「薄キ」ノ意海岸ニ近キ海底ニ「カパラシララ」多シ故ニ名ク○賀張(ガバリ)村ト云フハ訛リナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.226 より引用)

どうやら「賀張」の漢字が当てられた時点で「ガバリ」になった可能性が高そうな感じですね。由来は割と明確な感じでしょうか。kapar-sirar で「平らな・岩」または kaparus で「水中の平岩」だろうと思われます。

キシマツ川

panke-so-mak-oma?
川下の・滝・奥・そこにある


賀張川の中流部で合流する支流の名前です。賀張川にとっては最大の支流ですね。

東西蝦夷山川地理取調図には「ハンケシヨマコマ」と「ヘンケシヨマコマ」という川が並んで描かれていました。「キシマツ」とは随分と違うような気がしますが、一番似ていたのがこの二つでして……(汗)。

位置関係なども考慮すると、現在のキシマツ川は「ハンケシヨマコマ」かなぁ、と想像してみました。panke-so-mak-oma であれば「川下・滝・奥・そこにある」となりそうです。上流部あたりに滝がある川だったのかな、と思えるのですが、いかがでしょうか。

慶能舞(けのまい)

ken-oma-i
ヒルガオの根・そこにある・ところ


日高本線が「賀張橋」を渡ると、ほどなく「清畠駅」に到着します。ということで、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう(あれ?)。

  清 畠(きよはた)
所在地 (日高国)沙流郡門別町
開 駅 大正13年9月6日(日高拓殖鉄道)
起 源 もと「慶能舞(けのまい)」といったところで、アイヌ語の「ケノマイ」、すなわち「ケニ・オマ・イ」(ヒルガオの根のある所)から出たものであるが、昭和19年4月1日部落名の改称に伴い駅名も「清畠」と改めた。 
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.90 より引用)

ということで、「慶能舞」という集落名は「清畠」に改められてしまっていました。道内のアイヌ語地名は昭和 18 年~19 年あたりに改められたケースが多いように感じるのですが、ちょうど太平洋戦争の旗色が悪化してきた時期と重なるのが興味深いですよね。

東蝦夷日誌には次のようにありました。

ケノマイ〔慶能舞〕(川橋)ケンヲマイの略、ケンは土人喰糧艸なり。是其形象を聞に黄花慈姑(エトラン)なり。ヲマイは有る義(地名解)、また水到て宜敷義( シュクシナ申口)。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.154 より引用)

えーと、どうやら ken-oma-i で「ヒルガオの根・そこにある・ところ」という解釈で間違い無さそうな感じです。ただ「黄花慈姑」が何なのかがさっぱりわかりません。ま、本題はクリアしましたし、そのままにしておきましょうか……(汗)。

ウシベツ川

usis-pet?
蹄・川
usis(-kina)-pet?
エゾフユノハナワラビ・川


慶能舞川の支流の名前です。東蝦夷日誌には次のように記されています。

西岸字多し。フリマクンベツ(西)、ウシヽベツ(同)、其他字多し。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.154 より引用)

「字多し」と言う割には、現在の地形図で確認できるのは「ウシベツ川」くらいなんですよね……。

東西蝦夷山川地理取調図で位置を確認してみましたが、どうやら「ウシベツ川」は東蝦夷日誌に言う「ウシヽベツ」のようです。「ヽ」の字が落ちているわけですが、確かに図を見ると「ヽ」がノイズのようにも見えてしまいます。担当者が寝不足だったりしたら読み落としてしまっても不思議はないようにも思えてしまいますね。

「ウシベツ」だったら訳がわからんなーと思っていたのですが、「ウシシベツ」ならすんなり答が出そうです。usis-pet で「蹄・川」か、あるいは usis(-kina)-pet で「エゾフユノハナワラビ・川」あたりかなぁと思います。

実は、豊頃に「牛首別」という地名があるので、そこからそっくり解をパクってきました(汗)。

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