2016年10月2日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (379) 「シュウター川・パンケユパシュネナイ川・ハッタオマナイ岳」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

シュウター川

siw-ta?
苦い・切る(採る)


平取町仁世宇の中心地だったと思しき盆地の北側で、仁世宇川に注ぐ支流の名前です。そう言えば平取町振内の南側にも「シュッタ川」という川がありましたよね。

戊午日誌「東部沙留志」には、次のように記されていました。

また少し上りて
     ミ(シ)ウツタ
左りの方小川。其名義不解よし也。また形計の小川なれば別に云伝えもなしと云り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.67 より引用)※ 註は解読者による

なんだか酷い扱いですね(笑)。現在の「シュウター川」は全長 5 km を超える、それなりの川なんですけどね。

永田地名解にも記載がありました。

Shiū ta  シュー タ  鍋ヲ作ル
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.233 より引用)

もしかして、これは振内の「シュッタ川」のことでは無いか……と疑われる向きもあろうかと思いますが、振内の「シュッタ川」については次のようにありました。

Shū ta  シユータ  鍋ヲ作ル 「シユツタ」ト發音ス
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.232 より引用)

むぅ、これは……。ちなみに糠平川の支流の「パンケオタスイ川」あるいは「ペンケウタスイ川」の解でも

Ota shū  オタ シュー  土鍋 土鍋ヲ作リシ處ナリト云
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.233 より引用)

……。永田さん、どんだけ鍋好きなんですか。

ということで、鍋大好き永田さんの解を参考にしながら、もう少し自分でも考えてみました。と言いながらも結局は「シュッタ川」と同じ解しか捻り出せないわけなんですけどね。やはり siw(-ni)-ta(-us-i)siw(-kina)-ta(-us-i) あたりだったんじゃないかなぁ、と。

siw は「苦い」という意味で、siw-ni であれば「苦い・木」で「ニガキ」という意味となります。siw-kina であれば「苦い・草」で、固有名詞としては「エゾニュウ」を意味することになりますね。いずれも何らかの形で実用的に使用されていた植物です。

ta は、永田さんは「作る」としていましたが、より一般的な解としては「切る」「掘る」「(水を)汲む」と言ったところでしょうか。siw-ni-ta-us-i であれば「苦い・木・切る・いつもする・ところ」、siw-kina-ta-us-i であれば「苦い・草・採る・いつもする・ところ」と言ったところでしょうか。siw-ta であれば「苦い・切る(採る)」となりそうですね。

ちなみに、この「シュウター川」を源流まで遡っていったところに「宿弗山」という山があります。「宿弗山」で「しゅった──」と読むのだそうですが、これまた難読山名ですよね。

パンケユパシュネナイ川

yuk-{upas-as}-o-nay?
鹿・{雪が降る}・そこにある・沢
yuk-pasuske-nay?
鹿・逃げまどう・沢
yu-kus-ru-oma-nay?
鹿・通行する・路・ある・沢
yuk-si-oma-nay?
鹿・糞・そこにある・沢


仁世宇川沿いにはダートの林道しか無いこともあって、実は「仁世宇園」よりも奥には行ったことが無いのですが、これまたなかなか味わい深い川名がいくつも残っています。この「パンケユパシュネナイ川」もその一つです。

これまたありがたいことに、戊午日誌「東部沙留志」に記載がありました。

又しばし過て
   ユウハシユシヲナイ
左りの方小川。此沢目諸方の吹込にして雪深くなる処なるが故に、其時鹿を追込置てとるに、犬が無ても土人計にて取るによろしと云儀なりと答えぬ。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.67 より引用)

鹿の追い込み猟と言えば、平取町南部の紫雲古津近郊に「ユックチカウシ」という場所があったという話が思い出されます。

さて「ユウハシユシヲナイ」ですが、「雪深くなる処」とあることから upas(雪)が含まれているのかな、と考えてみました。yuk-{upas-as}-o-nay であれば「鹿・{雪が降る}・そこにある・沢」と考えられそうです。あるいは yuk-pasuske-nay で「鹿・逃げまどう・沢」というのも、もしかしたらアリかな、と思っていたりします。

ただ、東西蝦夷山川地理取調図には「ユウクシリヲマナイ」とあるので、これだと yu-kus-ru-oma-nay で「鹿・通行する・路・ある・沢」と読み解けそうですね。

なお、永田地名解(鍋大好き)には、これまた別の説が記されていました。

Yuk shi oma nai  ユㇰ シ ヲマ ナイ  鹿矢(シカノクソ)多キ澤 松浦地圖「ユウクシリヲマナイ」ニ誤ル
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.233 より引用)

えー……もしもし?(汗) yuk-si-oma-nay で「鹿・糞・そこにある・澤」としたようです。そりゃまぁ、そういう解釈もアリなんでしょうけど(汗)。

ハッタオマナイ岳

hattar-pa-oma-nay
淵・かみ・そこにある・沢


平取町仁世宇の集落から見て北北西の方角にそびえる山の名前です。標高はなんと 1021.1 m もあります。ここしばらく難問? が続いたので、今回はあっさりと済ませたいところですね。いや、別に楽をしたいとかそういうんじゃ……(汗)。

「北海道地名誌」には次のようにありました。

 ハッタオマナイ岳 1,021.4 メートル 穂別町との境界の山。ハッタオマナイ(淵にある川)川の奥山の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.555 より引用)

あ、本当にあっさりと済みそうな感じになってきました。そう言われてみれば、確かに東西蝦夷山川地理取調図にも「ハッタルハヲマナイ」という川が記されています。もっとも、「シユツタ」(シュウター川)の手前(下流側)の川として記されているので、川を遡っても「ハッタオマナイ岳」にたどり着けないという問題はあるのですが……。

戊午日誌「東部沙留志」の記載も見ておきましょうか。

またしばし過て
     ハツタルハヲマナイ
左りの方小川也。其川口には大なる潭有るによって此名有るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.66 より引用)

ということで、元々の名前は hattar-pa-oma-nay だったと考えて良さそうな感じがします。これだと「淵・かみ・そこにある・沢」となりそうですね。いつしかこの川の名前が取り違えられ、なぜか上流部の山の名前としてだけ残った……と言ったところでしょうか。

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