2016年10月22日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (384) 「アベツ川・ユーラップ川・シツキの沢」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

アベツ川

a-pet?
座る・川
at-pet?
オヒョウニレ・川


平取町の「新平取大橋」(ローソンの近所)のあたりで沙流川と合流する支流の名前です。では早速ですが永田地名解から。

A pe  ア ペ  坐處(スワルトコロ) 「」ハ坐スルノ義靜内郡「シピチヤリ」川ニモ「アペウンナイ」ノ地名アリ義同シ○松浦地圖「マベツ」ニ作るハ誤ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.229 より引用)

ということで「アベウンナイ沢川」について確認してみましたが……色々とびみょうな感じもします。永田地名解の内容を評価する前に、戊午日誌「東部沙留志」も見ておきましょうか。

過て
     アヽベッ
東岸中川。鱒・鯇(あめます)・チライ・桃花魚(うぐい)多し。其名義はアツベのよしにて転したりと。昔し楡皮多かりしより号るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.679 より引用)

うむむ、at-pet で「オヒョウ(ニレ)の樹皮・川」ではないかという説ですね。永田説と松浦説を見比べると、どうしても松浦説に傾いてしまうのですが……。

山田秀三さんの「北海道の地名」に上記二説がまとめられていましたので、今更感もありますが引用しておきます。

 以上の二説は,ア・ペッ「a-pet(何かが)坐る(坐っている)・川」,またアッ・ペッ「at-pet おひょう楡(の木)の・川」のように理解できるが,まだ説が出て来そうな名である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.363 より引用)

さすがは山田さん、とりあえず「よーわからん」で締めてらっしゃいます。まぁ、実際に「よーわからん」だと思うので、正しい姿勢ですよね。

ユーラップ川

yu-ran-pet
湯・下る・川


新平取大橋のあたりからアベツ川を 300 m ほど遡ったところで合流している支流の名前です。八雲のほうにも似たような川名がありましたが、あちらは漢字で「遊楽部川」でしたね。

戊午日誌「東部沙留志」に記載がありました。早速見てみましょう。

扨また此川まゝをしばし上りて左り
      ユウラツプ
 土人共此名義をしらされども、
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.679 より引用)

「土人共此名義をしらされども」って、ええっ、マジですか? あ、あと「左り」とあるのは「右」の間違いだと思います(ユーラップ川はアベツ川上流の向かって右側を流れているので)。

山越内のユウラフと同名にして、考ふ時はユーランヘツにして、源に温泉の気有るが下り来る川と云り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.679 より引用)

あ、やはり考えることは同じでしたね。yu-ran-pet で「湯・下る・川」と考えたようです。改めて平取の地名を追いかけてみてわかったのですが、平取町内には温泉の存在を伺わせる地名が意外と多いですよね。こんなところにも昔から栄えてきた理由の一端があるのかもしれません。

シツキの沢

supki


アベツ川にはいくつかの支流がありますが、地理院地図に名前が記されているのは「ユーラップ川」「奥アベツ川」と、この「シツキの沢」くらいです。

東西蝦夷山川地理取調図には「シユツチ」とありました。なんか良くわからないなーと思ったのですが、戊午日誌「東部沙留志」には次のようにありました。

また少し上りて
      シユフキ
左りの方平地の有る処に小川有。其名義蘆荻原の事を号。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.680 より引用)

なるほど、supki で「」ではないか、とのことですね。現在の「シツキの沢」という名前からは、あるいはかつては supki-nay で「葭・沢」と呼ばれていたか、もしくは supki-un-nay で「葭・ある・沢」あたりだった可能性も想像できそうですね。

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