2016年11月5日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (388) 「珍川・イモッペ川・豊城」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

珍川(ちん──)

chin
(皮を)張り枠に張る


鵡川の東支流で、河口近くで合流しています。門別競馬場の北に位置する「ワーカム北海道自動車テストコース」のあたりが水源になっていますね。ちなみにこの「ワーカム北海道自動車テストコース」ですが、元々は「いすゞ自動車」のテストコースだったそうです。

そんなわけで(どんなわけだ)、この珍名ならぬ「珍川」について、戊午日誌「東部武加和誌」には次のように記されていました。

是より弐三丁上に
     チ ン
東岸小川、此川まゝ七八丁も上に村有。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.495 より引用)

地誌的な内容が少し続いた後で、地名の由来について記されていました。

其名義は往昔此処の惣乙名某なる者、松前え領主の拝謁に行、矮狗(チン)を一疋もらひ帰りしが、何とせしや此処に失たりと。実にあまり不思儀に思ひ、処名とせしとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.495 より引用)※ カッコ内は原注

「惣乙名」というのは、コタン(村落)の長である「乙名」を束ねる存在……と言ったところでしょうか。どうやらこのあたりのビッグボスが松前に挨拶に行った時に、おみやげにミニチュア犬を貰ったのだけど、この辺で逃げられてしまった……というストーリーのようです。

また一説には、矮狗の画とも云へり、依て号と。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.495 より引用)

おみやげに貰ったのは犬じゃなくて犬の絵だという説もあるようですね。細かいなぁ(笑)。

どうにも良くわからないので、続いて永田地名解を見てみます。

Chin  チン  熊皮ヲ乾ス處 石狩上川ニ同名ノ地アリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.210 より引用)

あー、これなら理解できますね。知里さんの「──小辞典」にも次のように記されています。

chin ちン ((不完))(皮を)張る;張り枠に張る。i-ri wa i- ~ 皮を剥いで張り枠に張った。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.18 より引用)

皮の……じゃなくて川の名前ですから、本来は chin の後ろに何かがついていたのでしょうね(ただ、東西蝦夷山川地理取調図でも「チン」としか記されていません)。石狩上川ではなく十勝の音更には 「パンケチン川」「ペンケチン川」「ポンチン川」「ポンパンケチン川」と言った川があるのですが、そういやこの「──チン川」群も -pet-nay が無い形で記録されていますね。なかなか不思議な感じがします。

なお、現在の「むかわ町汐見二区」のあたりが「チン」という地名だったらしいのですが、「珍」の王偏が魚偏になった字(「鯵」と似てますが違う字)に「チン」というルビが振られていました。珍しい字が使われていたようです。

とりあえず、鵡川の「珍川」は chin で「(皮を)張り枠に張る」という意味だったのではないかな、と思います。

イモッペ川

imok-pe
餌・もの


日高自動車道沿いを南東から北西に向かって流れて、国道 237 号の「鵡川橋」の近くで鵡川に合流する支流の名前です。「宮戸」という集落の近くを流れていますが、かつてはの集落名が「井目戸」で、これで「いもっぺ」と読ませていたみたいですね。

では早速、戊午日誌「東部武加和誌」を見てみましょう。

また十七八丁も上るや
     イモツベ村
同じく東岸小川の上に有也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.497-498 より引用)

なんだか「ようつべ」みたいですが……。地名の由来については次のように記されています。

其名義は此沢にはヲタタイキと云て、飛刎て歩行る虫有。是を夷言イムクと云よしなるが、其が居りしによって号しとかや。本名はイムクベツのよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.498 より引用)

ふーむ。この沢には「ヲタタイキ」という飛び跳ねて歩く虫がいて、この虫のことをアイヌ語で「イムク」と言う……と書いてあるのですが、「ヲタタイキ」もどう見てもアイヌ語のような気がするんですよね。

其ヲタタイキとは砂蚤と云事也。是浜の砂原ならで不居虫也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.498 より引用)

はい。ota-tayki で「砂・ノミ」となりますよね。「イムク」というのが良くわからないのですが、imok で「ミミズ」と解釈する流儀があるようです(旭川方言?)。

萱野さんの辞書には、imok は「餌」という意味だ、とあります。この「餌」は「釣り餌」だったようで、すなわち「ミミズ」もそれに含まれる可能性があったのではないでしょうか。

永田地名解にも次のようにありました。

Imokpe  イモㇰペ  陥(オトシ)ノ餌(エバ)ヲ置ク處 井目戸村
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.210 より引用)※ 引用部ママ

永田さんの解釈が少々謎めいていますが、「釣り餌のミミズを捕まえるところ」と考えて良さそうでしょうか。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、次のように記されていました。

 井目戸(いもっぺ)
 鵡川町宮戸の古名。イモッペとは魚を釣る餌などのことで、この辺で昔よくみみずを掘ったといわれている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.76 より引用)

あー、どうやらさっきの考え方で当たりっぽいですね。imok-pe で「餌・もの」と見て良さそうでしょう。

ちなみに、地理院地図でむかわ町宮戸を見てみると、国道沿いに「鵡川大漁地蔵堂」という文字が見えるのですが……

現在の部落には古い地蔵尊があって、戦前は子援け地蔵として人気があり、戦争中は弾丸除け地蔵、戦後は大漁地蔵となり、それぞれ霊験あらたかだといって宮戸とした。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.76 より引用)

うわわ、これは凄い……。いや、何がどう凄いって、その時期その時期のニーズをすんごく的確に捉えているあたりが凄いです(笑)。市場調査に長けたお地蔵さんだったのかもしれません。

豊城(とよしろ)

kenas-oro
川ばたの林・その所


武川駅から 3 km ほど北北東に向かったところにある集落の名前です。かつては国鉄富内線の駅がありました。ということで、まずは「北海道駅名の起源」から。

  豊 城(とよしろ)
所在地 (胆振国) 勇払郡鵡川町
開 駅 大正 11 年 7 月 24 日(北海道鉱業鉄道)(客)
起 源 アイヌ語の「ケナシ・オロ」(林の中の)をなまって「ケナシロ」といっており、もと「上鵡川」といっていたが、昭和 18 年 8 月 1 日買収の際字(あざ)名の「豊城」に合せて駅名を改めたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.96 より引用)

えーと……。少し重要な情報が抜けているので補足をば。戦前の地形図を見ると、現在の「豊城」のあたりは「毛奈城」という地名だったことがわかります。この「毛奈城」が kenas-oro で「川ばたの林・その所」だった、ということのようです。

戊午日誌「東部武加和誌」にも記載がありました。

また同じくしばし屈曲を上りて
     ケナシヨロ
西岸也。此処少しの平地有。其処に小川有。名義は此処樹木陰森たる沢山の間の平地にして、谷地有る処と云り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.499 より引用)

kenas は解釈の分かれる単語のひとつで、知里さんの「──小辞典」には次のようにありました(再掲)。

kenas, -i ケなㇱ ①【H 北】川ばたの木原。 ②【シラヌカ】かんぽくの木原。 ③【クッシャロ】湿原; やち気のある野原(川ばたでなくとも,木が生えていなくとも)。④【ナヨロ】ふつうの原野。= nup. ⑤【チカブミ】木原; 木の生えた景色のよい所。 ⑥ 【K (ニイトイ)】ユリやギョージャニンニクなどの生えている多少やち気のある林野。 ⑦ 【K (シラウラ)】川沿いの林野。[<kene-us-i(ハンノキの・群生する・所)?]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.45-46 より引用)

これを見た限りでは、戊午日誌では「湿原; やち気のある野原」という解釈だったようですね。

永田地名解にもちょっと面白そうなことが書いてあったので、引用しておきます。

Kenashi oro kotan  ケナシ オロ コタン  林村 林ノ中ニアル村ノ義元ト川西ナリシガ山口縣人ノ開墾地トナリ又ハ川東ニ移住シ同ジ村名ヲ附シタリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.210 より引用)

現在の豊城のあたりには、鵡川を越える橋が無いようなのですが、川を舟で渡って川東の開拓を進めたということなのでしょうか。ちなみに川の東側(事実上は南側)は、現在は宮戸地区のようです(かつての「井目戸」)。

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