2016年12月3日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (396) 「フカウシ沢川・パンケルサノ沢川・トサノ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

フカウシ沢川

utka-us-i
せせらぎ・ある・もの


穂別と富内の間を北から南に流れて鵡川に注ぐ支流の名前です。かつての国鉄富内線の前身だった「北海道鉄道金山線」に「深牛駅」という貨物駅があったそうですが、国有化されて国鉄富内線になったタイミング(1943 年)で廃止されたとのこと。

さて、「フカウシ沢川」ですが、戊午日誌「東部武加和誌」に記載されているこの川が原型だったと考えられます。

同じく茅野しばし過
     ウツカウシ
左りの方小川。此川すじ瀬多く有るによつて号るなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.590-591 より引用)

ということで、「ウツカウシ」は utka-us-i で「せせらぎ・ある・もの」と考えられそうです。

パンケルサノ沢川

tu-sam-nay
山の走り根・傍にある・沢


穂別と富内の間の「穂別平丘」の対岸(北岸)で、フカウシ沢川の東側を流れている川の名前です。

当初は「パンケルサ」のことを「ハツタルセ」から変化したものだと考えたのですが、調査を進めていくうちにこれが誤りであることに気づきました。この川の正体ですが、戊午日誌「東部武加和誌」に記載されているこの川のことだったと思われます。

また少し上りて
     ト サ
左りの方相応の川也。其名義は鹿の腹の下の方を犬が盗みて置し由也。よって号るとかや。トサとは鹿の腰の骨の事なりと云へり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.591 より引用)

「トサとは鹿の腰の骨の事」とありますが、どこをどう読めばそう解せるのでしょうか……。我々取材班はアフリカの奥地へm(向かってません

手持ちの辞書には殆ど記載が無かったのですが、なんと知里さんの「分類アイヌ語辞典」の「人間編」に記載がありました!

§753. むなげ(胸毛)
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 II『分類アイヌ語辞典 人間編』」平凡社 p.405 より引用)

は、はぁ(汗)。

( 4 ) penram-us-nu-ma ペンラムㇱ・ヌマ〕[胸・に生えている・毛] ((ホロベツ))
( 5 ) 鹿の胸の白い毛の部分 toossa〔to-ó-sa 卜おサ〕 ((ホロベツ))
   注. ──軽いものの譬に用いる ((ユ研 II, pp. 715, 720))。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 II『分類アイヌ語辞典 人間編』」平凡社 p.405 より引用)

ほえぇぇ。まぁ、厳密には「鹿の腰の骨」とは異なりますが、鹿の特定の部分を指す語彙としてこのような記録が見つかりました。ちなみに「ユ研 II」というのは金田一京助さんの「ユーカラの研究二」(昭和 6 年)のことですので、toossa は少なくとも yukar では使われていた語彙だったようですね。

察しの良い方は既にお気づきかも知れませんが、この toossa という語彙は、川の名前として使うにはあまり適切では無いように思えます。どれだけ詩的な表現をしたところで、「ふわふわと軽い川」というのはちょっと考えにくいので。

……というわけで、「鹿の腰の骨」は俗語源かな、と考えてみました。となると「トサ」という音に合う、地名っぽい解釈を考えることになるのですが……。そうですね、tu-sam-nay で「山の走り根・傍にある・沢」とは考えられないでしょうか。地形図を見ると、川の東側にかなり長い尾根が並行して伸びているので、「尾根に並行している川」と呼んだのではないかな……と。

「ちょっと待て! 穂別富内の東側に『トサノ川』があるじゃないか!」と思われた方もいらっしゃるかも知れませんが、「トサノ川」は北海道測量舎五万分一地形図 日高国にある「ペンケトサ」(川上のトサ)のことだと考えるのが自然に思われます。

「ヘトンナイ」の場所

二つの「トサ」に関するミステリーはもうひとつあります。富内(現在の「穂別富内」)の集落は「トサノ川」(明治期の「ペンケトサ」と比定)の南側にあるのですが、戊午日誌「東部武加和誌」には「フカウシ沢川」の西側を流れている「梅の沢川」(戊午日誌には「ハツタルセ」と記録されている川)の項で次のように記されています。

また少し上りて、また左りの方に
     ハツタルセ
此処深潭有るによつて号るとかや。槲柏山の間の処に小沢有。また此処を
     ヘトンナイ
とも云り。人家有りけるに其人別(帳)をヘトンナイ村と申有る也。然れども今通称にハツタルセと申来る。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.588 より引用)

ということで、松浦武四郎は「ハツタルセ」の別名が「ヘトンナイ」であると記しています。「ヘトンナイ」は「辺富内」(へとない)とも記され、後に「富内」(とみうち)となった場所のことですが、現在の「梅の沢川」と「富内」は、直線距離にして 3 km ほど離れています。もしかしたら「ヘトンナイ」は比較的大きなエリアを指す地名だったのかもしれませんね。

「富内」についてはアイヌ語地名の傾向と対策 (33) 「キウス・於兎牛山・穂別・富内」をご覧ください。

トサノ川

penke-tu-sam(-nay)
川上の・山の走り根・傍にある(・沢)


むかわ町穂別富内の北側を流れる川の名前です。「トサ」、または「パンケトサ」として記録されているケースが多いようです(東西蝦夷山川地理取調図では「トサ」でした)。

では、早速ですが戊午日誌「東部武加和誌」を見てみましょう。

また少し上りて
     ト サ
左りの方相応の川也。其名義は鹿の腹の下の方を犬が盗みて置し由也。よって号るとかや。トサとは鹿の腰の骨の事なりと云へり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.591 より引用)

……と、これだと思ったのですが、これはどうやら「パンケルサノ沢川」のことを指していたようなのですね。「トサノ川」に関する記述は

また少し上りて
     トウサ
左り小川也。是ヘンケトサと云り。今少し延てトウサと通称する也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.592 より引用)

どうやらこちらだったみたいです。

地名解ですが、penke-tu-sam(-nay) で「川上の・山の走り根・傍にある(・沢)」では無いかなぁ、と思います。「パンケトサ」こと「パンケルサノ沢川」は尾根の西側を流れていましたが、この「トサノ川」は尾根の東側を流れているので、そう言った意味でもバランスが良く取れていると思いますし。

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